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ファシリテーターの道具箱

ファシリテーターの道具箱
森 時彦

はじめに

ファシリテーターのマインドというのは、たとえばある問題を前にした時、自分が答えを出そうとするのではなく、その前に「チームが前向きに創造的な議論を展開するためには、自分はどう働きかければいいか?」と自分自身に問いかける「心の姿勢」のことです。チームのあるべき姿勢や正しい思考プロセスを引き出すために、自分は何をすべきかと工夫する態度のことです。
ファシリテーションを身につける一番の方法は実践することです。しかし、実践するにしても、どう始めたらいいかわからないという方も多いと思います。この本は、そんな人に役立ちます。

序章 社内プロセスコンサルタントになろう!

こういう人たちのことを「天然モノのファシリテーター」と呼んでおられます。天然モノは希少です。養殖しないと、世の中の需要に間に合いません。希少な天然モノの人たちも、ファシリテーションのスキルを体系的に学ぶことで、その天賦の才能を飛躍的に顕在化させることができるものです。
私は、ファシリテーションを「知的化学反応を促す触媒」あるいは「人と人の間の知的相互作用を促進する働き」と考えています。「どうやってファシリテーションしようか」と横文字を使って考えるより、「ここにいる人たちのアタマをフルに活用するにはどうしたらいいんだろう?」と考えるほうがわかりやすいかもしれませんね。
人と人との関係や集団による思考を活性化し、新しいプラスアルファを促す術。建設的な議論を促し、組織を活性化し、実行力を高める。怒鳴り声や罵声や愚痴、不満ではなく、はつらつとした新しいアイデアと笑い声で満たされる組織。そういう場をつくり、プロセスをリードすることをファシリテーションと呼ぶことにしましょう。
「人の集団の知的生産性・創造性の向上」
これは、今後の日本が最も必要としているものかもしれません。
ファシリテーターの効用は、この「第三者の効用」と言ってもいいと私は思っています。スポーツなどでは中立の審判員の存在を当たり前のように考えていますが、社内の会議や組織運営ではどうでしょうか?議論やプロジェクト運営のルールを決め、それを守らせるために第三者を入れているでしょうか?「そのために上司がいるのだ」と言っているようでは、「第三者の効用」の本質がわかっていないのと同然です。サッカーの日韓戦で、「日本にも厳正な審判員がいる」と言っているようなものです。
議論などのプロセスをコントロールするには、あまり中身に立ち入らないほうがいいのです。当事者・利害関係者ではないことによって、岡目八目的に議論の筋が読め、当事者たちに効果的で効率的な議論をしてもらうための筋道(プロセス)を示せます。

(1)プロセスをデザインする

最初に意識することは、ゴールを明確にすることです。ゴールは、「目的」と「成果物」を分けて考えておくといいでしょう。
「成果物」とは、1時間の会議なら1時間後にできている具体的なもののことです。たとえば、誰がいつまでに何をするのかを記した「アクションリスト」や、やる・やらないの判定結果などです。それを会議の設計段階で決めておくことが重要です。
ムダだと思っても意識的に「発散」過程を十分にとることです。多少横道にそれても、言いたいことを存分に言わせ、考えたいことを考えさせる時間です。それを飛ばして、いきなり「収束」(結論)に向かうようなプロセスでは十分にアイデアを集められません。不満も残るはずです。
具体的なプロセスデザインでは、ロジック面だけでなく、心理的な側面からも設計するように心がけましょう。たとえば、声の大きな人が牛耳っている組織では、、まずその人を外して議論する必要があるかもしれません。参加者を選ぶのもプロセスデザインの重要な要素です。

(2)場をコントロールする

メンバー同士、またメンバーとファシリテーターとの信頼関係に配慮し、それが失われないように注意することが必要です。普段から人間関係に対する観察力を磨き、それに裏打ちされた共感力を養っておきましょう。

(3)触発する、かみ合わせる

急に「意見を言ってください」といっても無理というものです。そこで、参加者を触発し、少しずつでも出てきた意見をそのままにせず、激励し、かみ合わせ、発展させることが大切です。示唆に富む質問(時には、ばかばかしいような質問も効果的)をする、フレームワークを利用する、といったことを行う必要があります。
実践していく中で、得意なツールを少しずつ増やしていきましょう。実際の問題解決に応用する場合には、これらを参考にさらに一工夫して使うと効果的です。

(4)合意形成、行動の変化

議論の結果として全員が共有できる結論が必要です。これを「合意形成」と呼ぶことにしましょう。
ファシリテーションでは、できるだけ全員から意見を引き出し、協調的(ウィン−ウィン、あるいはプラスサム)な解を目指しますが、いつもそう都合のいい答えが得られるわけではありません。そんな場合には、現実的な範囲の中でいろいろな工夫をします。
その一つは、決め方についてはじめに合意を得ておく、ということです。議論がかなり進んでから、後出しジャンケンのように決め方を決めるのではなく、議論の前に決めておくと進めやすいものです。
「合意形成」も重要ですが、プロジェクト活動などでは、その後の「行動変化」のほうが重要です。参加者の行動が変わるためには、単なる「合意」ではなく、納得し、意識が変わることが不可欠です。「納得感」は、結果を共有するだけでは生まれません。一緒に考えること。プロセスを共有することが重要です。ファシリテーションはプロセスに注目すると書きましたが、「納得感」を意識したプロセスコントロールを心がけたいものです。

集団思考の落とし穴にご用心

チームでものを考えるということは想像以上に難しいものです。みなさんの中にも「自分は1人で考えるほうがいい。他人と一緒では集中できない」とはじめから諦めている人もいるのではないでしょうか。
たしかに1人ひとりのアイデアは重要です。しかしそれを寄せ合った時、とても1人だけでは達成できない斬新な考えに行き着くことがあるのも事実です。興奮の瞬間。それこそ、集団思考の醍醐味です。
この醍醐味を味わった人たちの間には仲間意識が芽生え、チームスピリットが醸成されていきます。新たな問題が発生しても、誰かのせいにせず、チームで解決しようとする力が生まれるのです。
「感情的対立」が生まれることを恐れて意見を言わないことが多いのではないでしょうか。サッカーの喩えで言うと、接触プレーを避けているゲームのようです。少々の「感情的対立」を乗り越えて議論できる場をつくれるかどうかが、ファシリテーターの腕の見せどころです。

いろいろな人の知恵を活かそう

経験豊かな年長者が若手のチームのファシリテーターとして入る時、ともすると、こうすればいいのだと「答え」を言ってしまいたい誘惑に駆られるものです。そんなファシリテーター氏へのアドバイスは、「一歩下がって、その『答え』がどこから導かれたのか考えてみる」です。「答え」を提示するのではなく、自分が「答え」に至った思考プロセスを提供するのです。経験者の「知恵」は貴重です。
最近、ダイバーシティ議論が盛んですが、この問題の本質は、いかに多様な見方をファシリテートして、創造的な解を見出すことができるかということではないでしょうか。職場の女性をどう扱うのかというのは枝葉末節にすぎないでしょう。