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人材マネジメント論

人材マネジメント論
高橋 俊介

まえがき

バブル後の不況下に、下方硬直性の強い年齢給では、企業経営が立ち行かない。そこで業績に連動する形で賃金総額をコントロールできて、なおかつ個人の合意も得やすいという理由で、年俸性の導入が進んだのだ。
一般的に賃金制度改革は、社員の活性化を図るために成果主義を採用するという構図でとらえられがちだが、実際は企業による人件費総額の適切なコントロールが主たる目的だったのである。

労働者に目を転じてみると、若者も中高年もともにキャリアに対する意識が高まったというのも、2000年以降の特徴といえよう。これはやはり終身雇用制の崩壊によって、どの世代であっても突然のキャリアチェンジとは無縁でいられなくなったというのが大きい。

急激な変化を前に、途方に暮れ立ち止まるのではなく、本書を活用し新たな人事戦略構築に臨まれることを願ってやまない。

第1章 企業ビジョンと人材マネジメント

人材マネジメントの経営的視点

経営コンサルタントが「戦略」を用いるときは、「中長期的に維持可能な競争上の優位性を築くための、一連の具体的な計画」を意味するケースがほとんどだ。一方、経営学では、「経営資源の意図的な傾斜配分」と訳されることが多い。
実践(コンサルティング)・理論(経営学)双方の意味合いに齟齬はないといっていい。すなわち、優位性の構築こそが戦略の本質だということである。
この定義から出発すると、自社の人事制度を考えるにあたって、他社のやり方をまねたり、世の中のトレンドを取り入れることにばかり神経を使ったり、あるいは日本企業なのだから日本型人材マネジメントになじむ報酬制度を採用すべきなどと結論づけてしまう考え方は、戦略的な人材マネジメントとはいえないことになる。なぜならそんなやり方を採用しても、そこには均質性があるばかりで、優位性の生まれる余地はないからだ。

企業ビジョンを念頭に置いて人材マネジメントを考えるとき、その影響がもっともはっきりとかつ効果的に表れるのは、わが社流のビジネス・リーダーを抜擢し養成するという側面だろう。企業ビジョンがいかなるものであろうとも、それを実現するには、自らビジネスをつくりだすことができて、なおかつつくりだしたビジネスを実現させる方向に、組織を力強く引っ張っていくビジネス・リーダーが必要なのは言うまでもない。そのリーダーをどのようにして発掘し育てていくかは、まさに企業ビジョンの根幹を成す部分であるといってもいいだろう。

顧客重視の事業ビジョン

現在のようにマーケットが成熟し、顧客側の選択肢も増え、なおかつインターネットなどを通じてそれぞれの選択肢に関する情報を顧客もそれなりに持っている状況を考えると、最初からある程度顧客を絞り込んで、そこに向けて特徴ある商品やサービスを打ち出さざるをえないだろう。そうなると、その種の商品やサービスを開発できる人や、顧客接点でそういうイメージを持って自律的に動ける人がいる組織が有利だということになる。
したがって人材マネジメントにおいては、そういう組織を構築できる人を念頭におくとともに、誰が顧客かということを事業人材にはっきりと理解させることが重要になってくるといえよう。

青梅慶友病院では、このように患者とその家族は両方とも自分たちの病院の顧客であると意識して20年以上にわたり、家族の満足度調査をはじめとするさまざまなマネジメント手法を活用してきた。その結果が「終の棲家として豊かでしあわせな最晩年を提供する」という組織ミッションが事業マネジメントと直結し、現在の成功に結びついているのである。

顧客重視とは何かについてここで少し考えておきたい。顧客重視の意味するところは、商品やサービスの提供社が、顧客に対してリーダーシップを発揮することである。なぜならば、現在のように市場が成熟した時代になると、あらゆる商品やサービスは顧客の最低要件を満たしているということは出発点と考えるべきだからである。顧客が求めているのは、顧客がおもいつかないことを考えて教えてくれる売り手である。

顧客のいうことに片っ端から応えていくだけでは、顧客が本当に欲しがっている「なにか」にはたどり着けないのであって、これでは顧客重視とはいいがたい。

価値提供のビジョン

提供する価値はその性格によって、機能的価値と心理的価値の二つに分けることができる。
たとえば安全と安心なら、安全が機能的価値で、安心は心理的価値である。

機能的価値は数値化が容易なので、計測できるしマネジメントも比較的やりやすいが、心理的価値を数値などで客観的に測るのはそう簡単なことではない。しかしながら、第一線で働く人間の自律性が大きく作用するのはこの心理的な価値のほうであって、現場でいかにしてこの心理的価値の極大化を図るかを考えた人材マネジメントが、いままさに求められているのである。

これまでは顧客の待ち時間が平均何分何秒かだけが問題にされてきたが、最近は待っている間の顧客の心理状態に注目が集まっている。

製品価値とソリューション価値という分け方がある。これはそれぞれ、製品それ自体のスペックや性能が持つ価値と、その製品を使って顧客の諸問題を解決する際に発生する価値のことで、特にBtoBと呼ばれる法人向けのビジネスで注目される。これに対して機能的価値と心理的価値の軸のほうは、一般消費者向けビジネス(BtoC)で重要になることが多い。

まず顧客が問題点を把握する手助けをして、次にその問題の具体的な解決方法と、それに必要な商品やサービスを提案し納入するという手順を踏まなければならない。これがソリューションだ。

顧客がほしいのは、特定の商品やサービスそのものではなく、問題の解決そのものであるというのがソリューション・ビジネスの特徴なのである。また顧客自身が問題や解決策を知っているわけではないから、顧客の要求やわがままを一生懸命聞きそのとおり叶えてやったとしても、それは混乱を誘発するだけで、本当の価値提供にはつながらないだろう。こうしたことも、ソリューション・ビジネスの場合は気をつけなければならない。

「顧客は見たことがないものはほしがれないのだから、何がほしいか聞いてはいけない、お前が見せてやるんだ」

ビジネス・モデルの変化を迫られているのは広告代理店もまた例外ではない。アメリカではすでに八割以上が、従来のコミッション型からフィー型に変わり、日本でも外資系の広告代理店に倣う形で、この移行が進みつつあるようだ。

顧客接点重視のマネジメント

ブランドを「商品やサービスを提供する企業と顧客の間に交わされる価値提供の約束」であるとする定義の仕方もある。

商品であるコーヒーの味や品質には、もちろん並々ならぬこだわりがあるものの、そこだけでブランドの差別化を図ろうとしているわけでもない。
スターバックスというブランドを形成し、支えているのは、顧客接点体験なのである。

困るのはどの顧客の満足度も三点のときである。これは提供している商品やサービスのどこを見ても、致命的な欠陥があるわけでもないのに、競合製品との差別化ができていなかったり、優位性の構築が不十分だったりで、顧客から積極的に支持してもらえていない状態を意味している。
これがいわゆる、頑張っているのに利益がどんどん減っていく社員疲弊型モデルというもので、競争が激しい市場でオール三をねらう企業が陥りやすい罠なのだ。

まずは三点死守のモデルをつくり、次に五点を取りにいくターゲット顧客を絞り込んで、そこに経営資源を傾斜するという戦略はきわめて有効である。

業務の中には現金の管理のように、現場の判断で勝手に創造性を発揮されるとむしろ困る部分もあるので、そういう部分のマニュアル化は避けられないものの、接客に関しては基本的にマニュアルはない。顧客接点ではマニュアル対応でレギュラー時の三点確保を目指すのではなく、スタッフの自律的対応によって四点、五点の顧客満足を獲得するというのが、創業以来変わらぬスターバックスコーヒーの考え方なのである。

常識に縛られた患者の家族を、どうすれば「親捨て」と思いつめかねない後ろめたさから開放してあげることができるのか。その答えが、この病院に入院した介護の必要なお年寄りが自宅にいたときよりも元気になって、まさにしあわせな最晩年を送り、最後にはある種の満足とともに大往生を遂げるということだったのである。そうなれば家族も、ここに入院させて本当によかったと、心の底から思えるのではないかーーー。

どんなにいいサービスも時間の経過とともに、受け手にとっては当たり前のことに変わっていくので、いつかは必ず平均点の三点レベルになってしまわざるをえないのだ。その常識をかいくぐって、常に四点、五点の高評価をもらおうとするならば、現状に安住することなく、それこそ先手先手という具合に、受け手の期待をいい意味で裏切るサービスを自律的に創出し続けられなければならないのだ。

認知症で寝たきりのおばあさんに化粧をしてあげるという試みを始めたところ、それによって患者が日に日に元気になるという高評価につながり、たいへん好評だという。これもまた、一人の看護師のアイデアによって「顧客接点」で生まれたものなのである。

個人介護品質評価の項目に関しては、ひとりのスタッフにつき30人から100人に評価させるという方式を取り入れたのには、まさにこういう理由からなのである。これまで虐待に近いような問題を起こした人というのは、意外にも上司の評価はそれほど悪くなかった。それなのに同僚による相互評価が上司の評価とあまりにも差があって愕然とするケースが少なくなかったという。考えてみれば、それが表裏のある人の特徴であって、とにかく上司の評価だけでは当てにならないということになり、多面的評価に行き着いたというわけだ。

E評価連続2回で退職推奨の対象となるという厳しさだ。そこまでやるのは日本人のメンタリティに合わないという批判もないわけではないそうだが、それでもたったひとりのマイナス評価が全体の評価となってしまうことを考えると、きわめて有効性の高い人材マネジメントといえるだろう。

組織のミッションや提供価値を踏まえた、独自性の高い人材マネジメントを行うことで、サービスの退色と「100−1=0の法則」を克服することが十分可能だということは、先のスターバックスコーヒーとともに、この青梅慶友病院の事例が証明しているといえる。

人材の戦略的活用

人材マネジメントについてもう一度整理すると、まず事業ビジョンがあって、その事業ビジョンはどの提供価値によって実現するのかを決めなければならない。そしてそのために必要なのは、どのような意欲と能力を持ち、どういう働き方ができる人なのかという人材像を的確に定義すること。さらにそれらの人たちに目標を与え、理解を促し、こういう行動をしてほしいという具体的な指針を与えることである。

日本的人材マネジメントとはなにかとか、他社の模倣から入るのは根拠がない。もちろん結果として日本的人材マネジメントに符合するモデルケースになるケースも、可能性としては否定できないが、むしろ典型的な日本的人材マネジメントにならないほうが、他社との差別化や優位性の確立につながると考えたほうがいいだろう。

個人の限定的な経験を、過度に一般化したにすぎない持論をもとに、人材マネジメントをしてはならないということだ。とくに人事のプロフェッショナルとして必要な知識を持たないラインマネジャーのような立場の人が、貧弱な経験をベースに「人間というのはこういうものだ」「日本人にはこうするのが向いている」というやり方をしても、うまくいく可能性はほとんどない。

第2章 人材マネジメントの三つの分野

顧客接点人材ブランディングにおいて、人材マネジメントにおける三分野が適切に機能し、戦略性の高いマネジメントができているかどうかを判断するために、以下の12のチェックリストを作成した。これによって、たとえば人材ブランディングという切り口で人材マネジメントをとらえた場合、具体的にどのような点がマネジメントの課題になりうるのかを確認してほしい。

1.ビジョンに適合した顧客接点人材の採用
2.抽象的メッセージの伝達
3.適切な業績先行指標の設定と、顧客接点へのフィードバック
4.先行指標重視の評価
5.逸脱行動把握
6.コーチング的マネジメント・スタイル
7.適切な研修投資
8.職場学習の推進
9.プロフェッショナル人材の資格認定と処遇
10.顧客接点のリーダーシップ開発
11.事業ビジョンに基づく非正規社員のマネジメント
12.組織品質の測定とアクションへのリンク

第3章 組織マネジメント

組織マネジメントのキーワード

一般にピラミッド組織の反対にはフラット組織を置きがちだが、それでは組織の階層を減らすというイメージになってしまう。ここで問題なのは、階層の数ではなく、あくまで自律性の程度である。

市場環境の変化が、昔とは比べ物にならないくらい速くなった。たとえば商品が市場に出てから五年間でどれぐらいい一般家庭に普及したかを、カラーテレビとインターネットで比べてみると、なんと8倍から10倍も差があるといわれている。

市場の成熟というのは、単純化したやり方をしていると、競合他社にすぐキャッチアップされるということでもある。そうなるとすぐに真似されないためにも、やはりあらゆる面での複雑化が不可欠となってくるのだ。
さらに機能的価値に加えて心理的価値の提供、あるいは相当に多くの異なる機能の開発や、人々の有機的結合がないと実現できないややこしい形での機能的価値の提供が求められるようになると、単純な機能上のスペックを、技術的困難を乗り越えて開発する「プロジェクトX」的ビジネス・モデルは、これからどんどん減っていくことになるだろう。

組織マネジメントも、大きな流れとして三つの軸についてのポジショニングのシフトを余儀なくされる。つまりピラミッド組織から自律組織へ、画一性を前提にしたマネジメントから多様性を前提にしたマネジメントへ、オモテの組織の上下コミュニケーション重視から、組織図の上下関係に現れないウラの組織の縦横無尽なコミュニケーション重視というシフトだ。

ピラミッド組織と自立組織

組織の末端を具体的な命令によって管理していくのか、あるいは組織にコミュニケーションは抽象概念的な考え方に基づいて行われ、その先は第一線にいるチームや個人が自律的にこの仕事サイクルを回していくかという点が、根本的に異なるということだ。

スターバックスコーヒーのアルバイトの女性が、自分の注文したのとは違うコーヒーを持っていってしまった顧客に「二つの違う味をお楽しみください」と声をかけた事例は、スターバックスコーヒーの多様な楽しみ方をお客様に提供しようという抽象的なコミュニケーションが徹底され、なおかつ顧客接点での自律性が尊重されていることを証明している。

アメリカが注目したのは、先に紹介したトヨタのかんばん方式のように、チームワークというより抽象性の高い概念によって製造現場の人間をマネジメントしていく方法であり、セルフマネジメント・チームやセルフディレクティッド・チームという手法であった。こうしたチーム型組織マネジメントへの移行が始まったのが、まさに80年代の終わりである。

クレド経営というのは、「長期」と「自律」が経営の基本である。ここからぶれることがない。短期的には合目的的でない行動に映ったとしても、長期的に見ると一貫した経営姿勢が企業を安定させることにつながるのだ。とくに変化の激しい複雑化した市場においては、このクレドのような長期的かつ自律的経営が有効なのである。

成熟したマーケットにおいては顧客のリピート率を高めることが非常に重要になる。なぜかというと、成熟したマーケットで新規の顧客を獲得するためには、競合他社の顧客を奪うしか方法がないので、宣伝広告をしたり、顧客にかなりのインセンティブを与えたりというように、相当なコストをかけなければならない。米国にあるコンサルティング会社の試算では、成熟して競争の激しいビジネスでは、リピート率が5%増加すると、収益性は1.5倍から3倍になるという。

キャリア開発や人材育成というのは、因果関係が複雑で、管理可能性、予見性が低く、目標管理とは極めて相性が悪いのである。

ユニクロは脱マニュアルに方針を転換、現在はスーパースター店長制度のように、一定以上のレベルの人に大幅な権限移譲をして、店舗での自律的な動きに期待し、そこから上がってきた提案を四点、五点の顧客満足度につなげていくという戦略をとっている。

定量的な”待たされた時間”よりも、”待たされた気がしたか”という調査員の印象評価を重視するのは、心理的価値重視の事業ビジョンの反映である。さらに納得性という観点からいって、このような定性的指標を、ピラミッド的な一方的管理の指標にするのは簡単ではないが、自律組織のセルフマネジメント指標という位置づけが名実ともに理解されれば、納得性の問題ははるかにクリアしやすくなる。

画一化したピラミッド組織では、頂点にいる一握りの人間に集中していたリーダーシップが、自律組織だと第一線にまで拡散していく。それで第一線がリーダーシップを自らとるようになるというわけだ。このときマネジメントは具体的な命令ではなく、抽象的かつ概念的な形で、組織全体にベクトルを与えていくことを求められるようになる。
このマネジメントの抽象化とリーダーシップの拡散化というのが、自律組織の特徴なのである。

ここでマネジメントとリーダーシップの違いを説明しておこう。
①Whatから考えるのか、Howに分解するのか
②命令権限か、影響力か
③抽象性の高いメッセージか、具体的命令か
④仕事をつくるのか、与えられるまで待つか

すべての組織においてリーダーシップというのは、必要なときに必要な人が発揮できることが求められるのであって、一握りのビジネス・リーダー人材を育成すれば、それでリーダーシップが事足りるというのは、ピラミッド組織にのみあてはまる考え方なのである。また組織の自律性が高まるほど、リーダーシップはより多くの人に分業、分担されるようになるのはいうまでもない。

公式の組織コミュニケーションと社会関係資本による相互作用

人的ネットワークは、それが形成されたからといって、途端に組織や個人が具体的なベネフィットを享受できるわけではない。人的ネットワークという社会関係資本から、どれだけの利益を得られるかは、ネットワークで結ばれた人たち同士の信頼と互酬性の強さにかかっている。

強い絆の関係だけでは、計画にない予想外のチャンスが生まれにくい。キャリアづくりのきっかけというのは、そういう予想外のことが発生しやすい、弱い絆によって結ばれた開放的なネットワークによってもたらされるというわけだ。

第4章 成果を生み出す能力と人物像

成果を生み出す能力と人材像

後からいくらでも身につけさせられる能力を採用の基準として重視してしまい、逆に先天性が強くて最も変化しにくい能力を社内教育・研修の中心に据えるといった、非効率で効果の出ない人材マネジメントをしかねないからだ。
仕事を通じて成果を生み出すことに、直接的ないし間接的に影響を与える人間の能力とはいったいどんなものだろうか。私は、スキル、思考力、思考・行動特性、動機の四つに分けて考えることが必要だと思っている。

スキルというのは一般的に、仕事に必要な知識、経験、技能、あるいは特定の仕事における職能と定義されている。簡単にいえば、いまなにができるか、なにを知っているかがスキルなのだ。

思考力の典型が、論理的思考力と創造的思考力である。前者は論理を積み重ねていって、あらかじめ存在している答え(正解)に到達する思考力であり、後者は正解のない問いに対して自分なりの答えを考えつく、あるいは創り出す思考力のことだ。
専門家によればいずれの思考力も、その基本的水準は遺伝的影響が大きく、幼少期にほぼ決まってしまうものらしい。

スキルと思考力が職種の必要最低条件を越えると、この二つの能力と成果との相関関係は弱くなっていくことが多い。

思考・行動特性という能力は、人事の世界では90年代の半ば以降使われるようになったコンピタンシーという言葉とかなりオーバーラップする。
スキルと思考・行動特性の違いは、簡単にいうとスキルが学力テストの点数だとしたら、思考・行動特性のほうは、その点数をとるのに必要な学習能力だと考えればいいだろう。
リーダーシップとマネジメントでいえば、マネジメントは主にスキルだが、リーダーシップというのは明らかに思考・行動特性の範疇だ。

2段階選抜方式をとることにした。1次試験の通過ラインは40点に下げる。クリアした人には参考書を与え、自分で勉強したうえで同じ分野の内容の2次試験を二週間後にうけてもらい、点数の上がり幅の大きかった上位30人を採用することにしたのだ。
そこでにあにができるかというスキルのみを見ようとして失敗し、そこでなにができるかではなく、短期的に新しい知識を自律的に学習する癖を当人が持っているかどうかに視点を切り替えたところ、大成功したのである。

習得するに際して、アウトプットが不可欠というのも、この思考・行動特性の特徴である。
そういったリーダーたる考え方や振る舞いを知識として学べば、それでリーダーシップが身につくかといったら、そんなことはありえない。
実際にアウトプットし、なおかつ癖になるまで繰り返し、体に叩き込まなければならないのである。

動機とやる気は区別しなければならない。
やる気は外的環境に強く左右される。一方動機というのは、その人の内部から湧き上がってくる固有のドライブのことだ。どういうことにドライブを感じ、のめり込むかは、あくまでその人の内側から自然に湧き出てくる気持ちが決めるのであって、外的環境は影響を及ぼさない。ゆえに動機は「心の利き手」とも呼ばれる。

採用に適した動機のアセスメント・ツールというのは、タイプ論でなく特性論でつくられている必要があり、実はそういうものもいくつか用意されている。

私は動機を、以下の3つに分類している。
1.アチーブメント型(達成・上昇系動機である達成欲、影響欲、支配欲、競争心、称賛欲など)
2.リレーション型(人間関係系動機である社交欲、感謝欲、理解欲、主張欲など)
3.エンゲージメント型(プロセスにおけるのめり込みやこだわりを生み出す動機である自己管理欲、抽象概念思考、切迫性など)

第5章 報酬マネジメント

人材活用がうまく、どんなにそこからのアウトプットが引き出せたとしても、インプットつまり報酬のマネジメントが不適切だと、全体としての経営効率は悪くなる。ある意味で組織マネジメントや人材フローマネジメントが、主として分数の分子に関するものだとすれば、これは分母のマネジメントである。さらに分子であるコミットメントの確保や有能な人材の採用、流出防止という観点から考えても、報酬のマネジメントが不適切であると、大きな悪影響を与える。

報酬とコミットメント

もともと内因的コミットメントがあったところに、外因的コミットメントを中途半端な形で持ち込むと、最初にあった内因的コミットメントが破壊されるだけで相乗効果は期待できないので、注意が必要だ。

あとがき

ノルマや圧力で強制的に働かされた労働者が、ひたすら収奪されていた時代に比べ、現代は一人ひとりが自律的に一生懸命働くよう仕向けるマネジメントが、非常に巧みみなってきている。人材マネジメントのレベルが上がるとは、まさにこういうことでもあるのだが、それゆえに働く人間はストレスにさいなまれ、仕事で成果を出しながら、結果として人生の幸せをつかめないという問題が、次の段階として立ち上がってくる。
たと内因的コミットメントと自律的な組織を実現できたとしても、それが長い人生のなかですばらしい意味を持ち、人の幸福を担保するとは限らないという事実が、人材マネジメントの次なる大きな課題になるであろうことを予測して、この本を終えることにする。