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組織デザイン

組織デザイン
沼上 幹

まえがき

本書は、組織を自ら設計しようと考えている人を主たる読者と想定して、組織デザインの基本理論を解説したものである。たとえば、ある調整方法をとると、どのような効果が期待できるのかとか、どのような問題が起こりそうかということを論理的に説明することに重点を置き、背後にある学説的な対立などは割愛してある。

万人に万人の個性があるように、企業組織にはそれぞれの個性がある。他社組織をそのまま模倣してもうまくはいかない。
自社には自社の組織デザインをカスタマイズしていくしかない。しかしゼロベースから特注品を作り上げれるほど組織デザインは単純ではない。だから、事業部制や機能別組織等の基本型を学び、組織デザインの基本理論に習熟し、そのうえで既存の自社組織や有料な他社組織等の材料をうまく摂取しながら、独特のデザインを作り上げていかねばならない。
こういった煩雑で現実主義的な作業を行うには、基本原則の深い理解がぜひとも必要である。

序章 組織デザインとは何か

もし荷物を預かってから相手先に届けるまでを同一人物がすべて行うとしたら、このスピードでこの価格は達成できない。まさに組織であるが故に達成される成果なのである。

軍事組織であろうと、企業組織であろうと、組織と呼ばれてるものの特徴は、基本的に分業と調整の二つである、と本書では考えている。
分業 ー 役割が分けられ、それぞれの役割を分けることで、たとえば専門性を発揮させるなど、何らかのメリットを追求している。
調整 ー 分業の一部ずつを担っている人々の活動が、時間的・空間的に調整され、多数の人々の活動が、あたかも一つの全体であるかのように連動して動くようになっている(あるいは、そうなろうと努力している)

長期的には相矛盾する関係にある問題も多数存在する。たとえば、事前に決められた手順を多くすると、それを記憶できる知的な従業員を必要とするようになり、それほど知的な従業員は手順が決められていることに反発するようになる、ということなどはその典型であろう。

1 組織形態の基本型

どんなに革命的な組織変革であっても、新しい組織形態は旧来の組織形態との対比の中で設計され、運営されるということである。
組織形態を描くキャンバスに「白紙」は存在しない。人員の総入れ替えを行うのでない限り、人々の頭の中には旧組織形態のこと、したがって旧組織形態の下での各自の仕事の進め方のイメージが残っている。

新しい組織形態は旧形態と比較してどのような点で本質的に異なるのか、またその新しい形態の下ではこれまでとはどのように異なる仕事の進め方が期待されているのか、という認識が組織の中核メンバーに共有されない限り、組織形態は絵に描いた餅に過ぎない。

自律的な組織ユニットへと全体を分割する場合には、多様な軸が考えられる。たとえば製品・市場分野別に全社を分割したり、地域別に全社を分割するという方法が典型例であろう。前者を製品別事業部制、後者を地域別事業部制という。

生産・開発・販売等の機能を集約することで得られるコストダウンや付加価値アップの効果よりも、個々の製品・市場への柔軟で迅速な適応によって得られる効果の方が大きければ、事業部制を採用するべきである。逆に、個々の機能をその内部で統合することから得られるメリットが大きく、製品・市場への柔軟で迅速な適応がそれほど重要でないのであれば、機能別組織を採用するべきである。

事業部制組織では本社機構は中長期の戦略を策定し、個々の事業部が日常のオペレーションを担当するという分業が行われているとか、事業部制組織では個々の事業を担当する人材が研究開発・生産・販売まですべてに関して意思決定を行うので企業経営者の育成に向いているといった点が、主要なポイントである。

<製品・市場への適応>と<機能統合によるメリット>の二つを秤にかけて、どちらが重要かに応じて事業部制が採用されたり、機能別組織が採用されたりする、という最も単純な点だけ頭に入れておいて欲しい。

大きな意思決定のたびに、製品・市場の要求と機能部門の要求が対立するかもしれない。この対立を実際に組織内で表出させ、そのたびごとにトップがどちらの軸を優先するか意思決定を行い、ダイナミックに二つの要求をバランスさせていくという意図をもってマトリクス組織は採用される。なお、上司(ボス)が二人いるから、これをツーボス・システムと呼ぶことがある。

一部事業部制
第一に、全社の事業に潜在的に関係がある研究活動を基礎研究所にまとめ、それをCEOに直属させている点である。
第二に、営業本部が置かれていることである。
第三に、各事業部の生産部門と直結している工場は、複数の事業部の生産機能を掌握している。

事業部の規模を小さく維持し、しかも類似の製品・市場分野の事業部が相互に経営資源を共有していくように組織を組み立てているのが事業本部制である。

共有試算まで個々の組織ユニットに配分するカンパニー制は、事業部制よりもはるかに個々の組織ユニットの自律性・独立性・分離性を高める方向へ進んだ結果として成立する。カンパニー制とは、いついかなる時点でカンパニーを切り離して売却してもよいようなところまで組織ユニットの独立性を高め、まさに「一つの独立した会社である」かのように組織を分割して出来上がった組織形態なのである。

現段階の日本企業は、少なくとも、事業部よりも比較的大きなまとまりをカンパニーとしているのが一般的であろう。あまりにも小さな組織ユニットをカンパニーと定義すると、資産まで含めてカンパニー別に分けて計算する作業が面倒だからかもしれない。

2 分業のタイプ

考える作業と実行する作業を分割したり、長期戦略を策定するタスクと短期の現場適応を考えるタスクを分離することを垂直分業という。<考える>と<実行する>を両極とした場合、考える側に軸足を置いたタスクと実行する側に重点を置くタスクに分割することを垂直分業と呼ぶのである。

水平分業には分割の軸が多様にありうる。たとえば、需要が増えたので三人全員にそれぞれ食パン作りの全行程を任せるという仕事のやり方もある。

解雇して人を減らすと生産量は低下してしまうが、食パンの製造自体が成り立たなくなるわけではない。平行分業は、場所や設備等を共有して、生産量全体を分担しあう、というタスクの分割方法である。

並行分業によって成立したサブタスクの場合、互いに足し算すれば全体が出来上がるのに対し、どこかで機能的に統合しなければ全体が出来上がらないような分業のやり方を機能別分業と呼ぶ。一般に分業という場合、平行分業よりも、むしろこちらの機能別分業の方をイメージする人が多いはずである。

並行作業の場合、すべての作業者はほぼ自律的な作業に携わり、全体に対して数量の分担を行っているだけの関係であるから、協力関係にあるという意識は薄くなりがちであろう。むしろ、同じ数量という基準で並列的に比較される競争相手という関係が並列分業では発達しがちなのではないだろうか。実際、同じ顧客の財布を奪いあう企業間の競争は、顧客による消費という後工程を共有する平行分業であると考えることもできる。これらの企業間の競争は、産業全体の生産量を分担しあっているという並行分業なのである。

機能別分業を行えば「協働する意識が芽生える」ということは通常起こりにくい。分業によって個々の作業者には全体が見えなくなり、その結果として、本来的には協働関係を築かなければ全体のパフォーマンスが高まらないにもかかわらず、自分たちの偏狭な利益やメンツにこだわって争いあう関係が発達してしまう可能性があるからである。

分業のメリット

経済的スタッフィング、言い換えれば、安上がりで効果的な人材採用と配置が可能になるので、機能別分業にはメリットが発生する。
ただし、分業のメリットはどちらかというと短期的なメリットである。このメリットを追求しすぎると長期的な成長が阻害される可能性があるからである。

近代科学は研究分野を細分化し、理論と実験を分割し、といった分業を通じて極めて高いレベルの成果を達成していると評価できる側面もある。われわれがいま身近に何気なく使用している便利な新商品の中にも、そういった知識ベースの専門化によって初めて達成可能になったものが多数存在するに違いない。

同じ機能別の分業でも、考えるタスクと実行するタスクを分けたり、長期を考えるタスクと短期の問題処理を行うタスクを分割する垂直分業の場合、これまでに議論してきた分業のメリットとは異なるものも実現できると指摘されている。ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンのいう「計画のグレシャムの法則」が回避できる、というメリットである。
「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則に倣ってサイモンが考えた「計画のグレシャムの法則」は、「ルーチンワークはノン・ルーチンワークを駆逐する」というものである。もう少し具体的にいうと、ルーチンワーク、すなわちいつも通りの定型的な仕事量が多いと、長期を想定したり、抜本的に仕事のやり方を変更したり、といった創造的な仕事・ノンルーチンのしごとが後回しにされる、ということである。毎日忙しいと言ってつまらない仕事に追われている人は、抜本的に仕事のやり方や戦略そのものを考え直すといった仕事を後回しにして、結局やらなくなる、というのである。本当はそういう時こそ、その種の根本にさかのぼった創造的思考が必要であるにもかかわらず、である。

分業のデメリット

多くの場合、作業者の意欲低下は、①作業の意味が分からなくなること、②作業者が独自に思考し、自分の工夫を生かす余地が少ないこと、③作業から学習できる内容が少ないこと、という三点から発生している。

機能的に分割されたサブタスクを統合してより幅広いタスクを作り出し、作業者の受け持ち範囲を増やす施策を職務拡大という。
垂直分業されていた職務をもう一度統合し直し、作業者に考え、判断する課題を担わせるようにする施策を職務充実という。
近年の組織論でいう構造的エンパワーメントは、組織の末端全体に職務充実を進め、その充実された職務を遂行するために従業員たちの能力開発を行うことを主張しており、ここでいう職務充実の拡大版だと考えることができる。

職務拡大と職務充実は、分業によって発生する問題を一時点で解消する方法であるのに対し、この問題を時間の経過の中で解消する方法もある。これが二つ目の解決策、すなわち、つながりのある仕事を次々と経験してもらうようにキャリア・パスを作って対応することである。

第三番目の解決策は、学生アルバイトやフリーター等の短期で流動する労働力を用い、「つまらない仕事」でも他よりも支払いが高い、という金銭的なインセンティブを与えることで対処する方法である。

販売部門の人間から研究開発部門を見れば、「市場に適応するにはあまりにも遅い部門」であり、別世界で夢物語を語っている人々に見えるであろう。逆に生産部門や研究開発部門から見ると、あまりにも目先の問題にとらわれすぎているように見え、「これほど短期の変動に適応していては本質的な対応を見失いかねない」と考えられるかもしれない。

3 標準化を進める 事前の調整

いったん分割したものを統合しなければ、組織全体のアウトプットは完成しない。そのためには個々の作業者の作業を調整し、そのアウトプットを統合しなければならない。

調整・統合の基本的な仕掛けは、大きく分けると次の五種類である。
①標準化
②ヒエラルキー
③環境マネジメント ー 環境への能動的働きかけによる調整の必要性削減
④スラック資源活用による組織内相互依存関係の緩和
⑤水平関係の設定

事前の調整・統合手段である標準化と、事後的な調整・統合手段であるヒエラルキーの両方がそろって初めて組織の基本が出来上がる。決められた作業を決められた通りに遂行する標準化と、ヒエラルキーによる裁定が組み合わされたものを本来は官僚制と呼ぶ。
本来なら、このような間違った認識を変えることも学者の役割であろうが、嫌悪しているものを積極的に理解しようとすることは多くの人にとって難しい。だから、ここでは感情的にニュートラルな言葉として、<基本モデル>ということばを使うことにしよう。これが組織における調整・統合の基本であり、その他の調整・統合の仕掛けは、この基本を若干変更したり、基本に付加されていく、ということになる。

環境マネジメントは、適切な環境部分を選択したり、環境に対して積極的に働きかけることによって、組織が自ら調整しなければならない負担を負わないようにする努力とその手段のことである。
スラック資源の活用とは、たとえば工程間在庫を許容して直列型機能別分業の作業間調整にゆとりをもたせ、互いの調整の必要を減じることをいう。

これらすべての調整と統合の仕組みとITの活用は密接に関連している。
組織はそもそも情報処理システムとしての特徴をもつのだから、ITの進歩は組織のあり方に様々な影響を及ぼすのである。

料理ばかりでなく、モノを作るにせよ、サービスを実行するにせよ、特定の作業の手順を作り、その手順通りに皆が行動することで、時間・空間を超えて同じようなアウトプットを生み出していくようにするのが、処理プロセスの標準化である。この処理プロセスの標準化のことをプログラム化と呼び、何度も繰り返されて用いられる一連の作業手順のことをプログラムと呼ぶ。

プログラム化は事前に標準化された行動を規定するのだから、もともと多様性や変化、不確実性などに対応するのは苦手なのである。その代わり、いつでもどこでも、比較的安価に同じアウトプットを再生産することを可能にする、というメリットをもつ。組織を設計する場合、どの部分をプログラムでsy理し、どの程度の例外や変化には他の方法で対処するかという見極めが非常に重要である。

企業組織の中で分業の結果として生み出された個々の作業についても、会社が用意した作業手順のすべてを厳格に守らせると、不確実な事態が発生した場合に本来の目標達成にマイナスになることもある。

個々の作業が達成しなければならない目標そのものを規定しておき、その目標への到達方法そのものは個々の作業者に任せておく、という方法の方が合理的である場合がある。
このように到達目標について規定し、その目標を個々の作業者に達成させるようにするコントロールをアウトプット・コントロールという。

プロフェッショナルを雇用すると、そのプロフェッショナルの専門領域の内部に関しては、全部その人に一任する、ということになるから、その仕事領域内部での調整はほとんど必要なくなる。プロフェッショナルを雇用すれば、具体的に仕事のやり方をプログラム化する努力を組織の側が払う必要はなくなるのである。

専門を超えた調整・統合の難しさは、さらに、プロフェッショナルの組織へのコミットメントの低さによって、悪化する可能性がある。プロフェッショナルは自分の所属する組織に忠誠心を抱かず、むしろ自分の専門領域、またそれを共有するプロフェッショナル・コミュニティに忠誠心を抱いている。このような志向性を「コスモポリタン」という。

強い組織文化には問題も残されている。スムーズな調整と引き替えに、「世間から見た異様さ」やラディカルな変化に対する硬直性などのコストを支払っていることも意識しておかないとならない。

戦略シナリオの活用がすぐにそのまま分析麻酔症候群をもたらすわけではない。だから「戦略など下らない」と決めつけるのも早計である。少数のコア人材が毎回実質的な議論をゼロベースで積み上げることができれるのであれば、戦略シナリオは非常に重要な組織統合の手段になりうる。どのような仕組み・施策も、プラス・マイナス両面をよく理解して注意深く使うべきであることは付け加える必要もないことであろう。

5 ヒエラルキーのデザイン

組織デザイナーや組織メンバーが、例外に対応できるプログラムを経験に基づいて作り出したり、前例を蓄積して、その利用法に通暁していったりすることを組織学習という。ある程度の例外までは、組織メンバーたちの自発的な学習とその共有化・プログラム化によって対応できるかもしれない。しかし、これには限界があることは明らかであろう。

「どこまで」を事前の調整手段に任せ、「どこから」を事後的な調整手段に任せるのかを切り分ける作業は非常に重要である。起こりうるすべての事態に事前に標準化で対応しようとすれば、マニュアルや規則があまりにも膨大なものになり、極端に融通の利かない組織が出来上がる。実際、日本企業の中には、そのきまじめさ故に、あらゆる予想される例外事態に対処可能な規則を目指してしまい、その結果として柔軟性を欠いた組織を生み出してしまっているものもある。

例外処理を担当する管理者は情報を収集・分析して、判断を行うことになる。より具体的には、まず①情報収集に取りかかり、②集まった情報を分析し、③解決策の選択肢を考え、④その中から選択を行い、⑤さらに上の上司に対してその解決策でよいということを認めてもらい、⑥逆に部下に対しては解決策を伝達して、⑦それが実行されるのを見届ける、といったプロセスをたどる。

誰かの机の上に「未決」案件の書類が山積みになる。その処理に忙しいのに、急いで対応しなければならない顧客クレームの処理が飛び入りで入る。その対応に追われていると、一ヶ月前に上申され企画に関する問い合わせの電話が鳴る。さらに上司からは新しいプロジェクトの相談が持ち込まれる。

優秀な管理者の例外処理能力がボトルネックとすれば、これらの手段は基本的に三種類に分けられる。すなわち、①判断能力のある下位階層の構築、②管理者の例外処理能力の開発、③管理者の例外処理能力を補強する構造の構築の3つである。

グルーピングの原則は、「競争上最重要視するべき相互依存関係をまずグルーピングする」というものである。一見当たり前のことのように見え、誰にでも分かる原則ではあるが、組織設計の原理原則を理解する上で非常に重要なポイントが含まれている。
たとえば企業が「新奇性の高い製品機能」で競争に打ち勝とうとするのであれば、研究開発部門内の相互作用が非常に重要になるかもしれない。この場合は、機能部門別に分かれていることに戦略的意義がある。しかし、素早いモデル・チェンジによって顧客の要求に小刻みに適合していくことを競争上の武器としようと企業が考えるのであれば、研究開発→生産→マーケティングという三者間の相互作用が緊密であることが重要になるはずである。この場合は、組織ユニットを顧客別にグルーピングする方が適切である。

製品・市場の不確実性が増し、製品・市場ごとに機能分野をまたがった例外処理・調整が必要になるのであれば、まずその製品・市場別に組織内の業務をグルーピングする方がコミュニケーションの数を減らすことができる。つまり、情報処理という観点から見て、製品・市場の不確実性が高まれば、製品・市場別の事業部制が効率的なのである。

同じようなヒエラルキー構造でも、事業部制組織のような準分解可能システムとして設計されたヒエラルキーは「ミスを許容する組織」になりやすく、巨大な職能制組織のように一か所のミスが全体を破滅させるようなヒエラルキーは「ミスを許容できない組織」になりやすい。
ヒエラルキーという言葉だけで、支配と被支配といったマイナスのイメージを浮かべる人もいるかもしれないが、実際にはヒエラルキー構造を構築したが故に環境変動に対して頑健で、組織メンバーのミスを許容できる組織になることが可能なのである。この点は、失敗から学ぶ事業経営者を組織内で育成していく企業にとっては、非常に重要であるに違いない。

ミスミ社長の三枝匡氏の主張する「創って、作って、売る」というサイクルを速く回すためにも小さな事業単位を形成するべきである、という主張も重要な示唆を提供している。組織内の主要な分割線を隔てた相互作用には、大きな障害が発生し始める。分業を通じて同じ社員が「異なる種族」へと分化してしまうからである。

民主主義教育の浸透した先進工業国では、皆が「民主主義」的な秩序と手続きに慣れ親しみ、上位者が下位者に命令するという軍隊的イメージのあるヒエラルキー組織は好まれない。その反対に、上下関係と規則の少ない組織が好まれる。現代という時代は、組織の基本モデルを否定する価値観が蔓延しているのである。

回避する方法は、最適妥協点を探すことと、表向きヒエラルキーではないかのようなふりをすることである。

「価値を創造していないが省略できない活動」のことを第一種のムダ、「価値を創造しておらず、すぐにでも省略可能な活動」のことを第二種のムダという。長期雇用を重視する組織では、ヒエラルキー構造の中にこの第二種のムダが増えていく可能性がある点が問題である。

6 水平関係とその他の追加的措置

標準化とヒエラルキーの基本モデル以外の措置が、まず情報処理付加削減の措置と情報処理能力拡充の措置の二つに分けられている。ここでいう「情報処理」とは、事前に用意されていた標準化によっては調整できない例外的な事態に対応するために組織内で行われるコミュニケーションと思考を指す。

情報処理付加を削減する方法には、①環境マネジメントと②スラック資源の創設の二つがあり、情報処理能力を拡充する方法には、①情報技術への投資と②水平関係の設置がある。

予約制を顧客が受け容れることも、環境の側がこちらに合わせてくれている一例である。歯医者や病院など事前の予約をとらないとサービスを受けられない組織もある。予約制を採用したり、来院した患者を何時間も待たせたりすることが可能であれば、病院側は来院患者数の予測を立てて、それに合わせた要員計画を作る必要がなくなる。
環境がこちらに合わせてくれるのは、こちらにパワーがあるからである。完成品メーカーが部品納入業者に様々な負担を転嫁できるのも、病院が患者を待たせられるのも、それらの組織が市場で強力な地位を得ているからである。

自社の独自能力が確立している環境のみに直面していれば、組織設計で悩む必要はずいぶん減少するのである。逆に、独自能力をもたない市場環境に直面している場合、どれほど組織デザインを工夫しても組織は混乱してしまう可能性が高い。

目標を低くすることで最大限の効果を達成することをあきらめ多分だけ、逸失利益が発生する。
「あり得たシナリオ」から得られたはずの利益を失う、というコストを支払っているのである。

I 純粋な水平関係
 ①直接折衝
 ②調整担当職(リエゾン)の設置
 ③連絡会・研究会
II ヒエラルキーの追加
 ④プロダクト・マネジャー
 ⑤マトリクス組織

調整担当職というのは、特別の権限や予算をもたず、また責任も負わされていない情報交換任務に当たる役職のことである。カタカナではリエゾンという。ちなみに軍隊の連絡将校もリエゾン・オフィサーという。

賞罰パワーと正当パワーがなかったとしても、まだ行使できるパワーの源泉がある。その典型の一つは人間的な魅力である。カリスマ的なリーダーであるとか、「この人の下であれば働きたい」と思わせる魅力のあるリーダーは、カネや地位とは関係なく、多くの人々を動かすことができる。これを組織論では同一化(アイデンティフィケーション)パワーという。リーダーと一心同体だと思うことで発生するパワーである。

組織論では、情報パワーが重視される。なぜなら、直面している問題に一番精通している人が意思決定に影響力を行使する場合に適切な解が得られると考えられるからである。だから、必要な情報のある現場に近いところへ他のパワーベースも与えるという権限移譲が望ましいと主張されるのである。弱いタイプのプロダクト・マネジャーが行使すると想定されているパワーは、この最後の情報パワーである。

この情報パワーに、賞罰パワーや正当パワーを公式に付与し、また非常に人間的な魅力の豊富な人材を充当することで、重量級のプロダクト・マネジャー、さらにそれよりもなお強力なマネジャーを創出することが可能になる。

マトリクス組織の問題点は、まさにこのコンフリクトの解消方法にある。たしかにマトリクス組織は、バランスをとるのが困難な二つの課題を組織構造に体現させ、コンフリクトとして表出させる仕組みではあるが、その解決まで保証しているわけではない。構造的に表出されるコンフリクトを解消できて初めてマトリクス組織は機能するのである。
コンフリクトに対する対応には、一般に、①問題直視(confrontation)、②強権(forcing)、③妥協(compromise)、④問題回避(avoidanceまたは問題糊塗(smoothing))がある。

機能部門長と製品・市場マネジャーの二人の間で問題直視によるコンフリクト解消が不可能だとしても、その両者を統括する事業部長が二つの軸の間のコンフリクトを見て、事業部長としての判断を下し、命令を出せば、コンフリクトは解消可能である。これを強権による解決という。

本当に両者が対等のパワーをもつように設計すると、多くの問題が膠着状態に陥り、事業部長の介入するべき事態が多発する可能性がある。それ故、通常はどちらかを主軸とし、他方のパワーを若干劣るように設計している会社が多いように思われる。

問題直視も強権も期待できない組織でマトリクス組織を設計すると、問題解決のほとんどをミドルが行い続けることになる。しかも、機能部門長以外に製品・市場マネジャーのポストまで創設したので、ミドルが組織を動かすうえで配慮しなければならない上位階層の人数が増えてしまう。それ故、マトリクス組織を設計する場合には、問題直視と強権を実行できる管理者がそろっていることを見極めておく必要がある。

製品・市場へのスピーディな適応が重要な場合、このような個別の製品・市場別に小さなビジネス・ユニットを形成していくという組織化にメリットがあるだろう。「創って、作って、売る」という作業の流れをスピーディに回し、組織の全メンバーが製品・市場への適応へと意識を傾けることができるからである。

どこまでをフォーマルな組織デザインで解決するべきかという問題は、真剣に考える必要がある。たとえばマトリクス組織を採用せずに、小さな事業部制組織をフォーマルには採用して、その他の部分はインフォーマルな調整に任せるという手もある。あるいは数年間は小さな事業部制組織を採用し、その結果として生じてきた問題を機能別組織とプロダクト・マネジャー制の組み合わせによって次の五年間で解消し、また小さな事業部制組織に戻るというダイナミックなバランスのとり方もありうるだろう。

終章 結びに代えて

新しいコンセプトが提唱されるたびに多くの企業人が注目し、また数年で多くの企業人が絶望し、再び新しい組織デザインのコンセプトを追い求めるようになる。
たとえばスピーディな組織、あるいは新しい言い方をすれば、アジャル(agile:敏捷)な組織を作るために、タテのヒエラルキーを破壊して、ヨコの直接折衝を促進しなければならない、という見解がしばしば組織論では登場する。有機的組織とかホロンとかフラットな組織など、言い方はその都度変わるが、組織をめぐる議論では常にこの基本テーマが流れているといっても過言ではないほど、組織をめぐる流行の言説には進歩が見られない。

「組織が重い」とか、「組織が遅い」という問題に直面している場合、その原因はヒエラルキーそのものにあるというよりも、むしろ、「決めるべき上司が決めてくれない」というところにあるケースが多い。
言葉遊びに堕することなく、具体的に自分の組織の「重さ」の原因を考えてみて欲しい。

理想の民主的な企業組織という幻想を追うのを放棄して、冷静に考えてみれば、むしろヒエラルキーを単純なものに維持しておくこと、また重要なポストに決断のできる人材を配置することの方がずっと重要だということが自ずと明らかになるはずである。その意味で、組織デザインに過剰な期待を抱かないことが、現状を冷静に分析し、現実的な組織デザインを生み出せるようになる第一条件なのかもしれない。

若い頃に事業全体を見渡す仕事を任されると人材育成が進むと考えてみよう。この場合、失敗しても組織全体の命運が危機にさらされることのないように、非常に小規模の事業部を形成しておくことが望ましいかもしれない。本来のオペレーションの効率性を考えれば、大規模な事業部にしておいた方がよいのかもしれないが、人材育成を考えれば、小さな事業部を形成し、独自の生産設備を持たせるというムダを覚悟する必要があるかもしれない。

まず初めに効率的な組織デザインを突き詰めたうえで、最後に人材育成について配慮してデザインの補正を行う、という順序の方が適切であるように思われる。
人材育成を重要だと思う気持ちの強い企業ほど、効率的な組織の中で仕事を行い、勝ち戦を経験することによる人材の「自然」な成長を忘れがちである。人材育成への配慮は最後に「補正」として加えられるものであることを強調しておきたい。

日本企業の実体は、米国の戦略論の教科書とは幾分異なっているので少し解説を加えておこう。経営戦略論と組織デザイン論の教科書では、通常、戦略を策定し、しかる後に組織デザインを決め、その組織デザインに適切な人材を配置していく、というものである。
しかしながら、このような教科書的思考順序が可能である背景には、主として米国において、ビジネススクールなどの社外の教育システムが整っており、しかも企業間を移籍する労働市場が流動的であるという社会制度的条件が存在する。

戦略を実行する適切な人材が確保できないのであれば、どれほど優れた戦略を策定したところで絵に描いた餅に過ぎないからである。それ故、少なくとも現時点において、いつでも利用できる十分な人材プールが社会全体に用意されているわけではない日本の現状を考えれば、日本企業がコア人材の長期雇用と内部育成を重視するのは合理的である。

トップは大まかな戦略的方向付けを行う必要がある。既存の人材が生み出す事業戦略が、ある程度同じ方向へと努力を集中するように、また常に現状を超えたチャレンジを生み出すように、ある程度明確な方向性を示し、志を高く保つような戦略的方向性が打ち出されるのである。
またトップ自らが考える大まかな戦略的方向性は、まったくの白紙から描かれるわけではない。トップは、コア人材が創発させてくる具体的な戦略と、それが実現してきたものを材料として戦略的方向性を思考する。通常の日本企業における戦略と組織と人材の関係は、このように米国の教科書よりも複雑なのである。

まず第一に指摘するポイントは、現場で日々のオペレーションを遂行しながら戦略を創発するミドルに思考時間を与えるようにすることである。「現場を知らない人が作る戦略は絵空事になりがちであり、現場を知りすぎた人が作る戦略は現在の仕事から一歩も抜け出さない」という危険性があると考えられるのであれば、日々の仕事から完全に離れた戦略スタッフにも、日々の仕事に埋没したラインのミドル・マネジャーにも、適切なバランスのとれた戦略を創発する事は難しい。それ故、優秀なコア人材には自社戦略の問題を深く考える機会を与える必要があるだろう。

企業組織が追求するものはオペレーションの効率性ばかりでなく、戦略の創発や人材の育成など多様である。それら多様な目標を念頭に置き、その時々の環境や目標に応じて、組織デザインに適宜若干の補正を施し、オペレーションの効率性追求を若干犠牲にしながら、他の効率を手に入れられるように舵取りをしていく。組織デザイナーの仕事とは、このように多元的な効果をダイナミックにバランスさせていくために、その都度状況に合わせて多様な手段を折衷主義的に組み合わせていくものなのである。