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SPRINT 最速仕事術

SPRINT 最速仕事術――あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法
ジェイク・ナップ, ジョン・ゼラツキー, ブレイデン・コウィッツ

はじめに 時間を最大限に活用する合理的な方法

「ブレーンストーミングは本当に効果があるのかい?」
僕は答えにつまった。恥ずかしいことに、参加者がワークショップを楽しんだかどうかを調べるだけで、実際の成果を測定したことはなかったのだ。

過去のワークショップの結果を見直してみると、ある問題に気づいた。ワークショップのあとで実行に移され、成功したアイデアは、喧々囂々のブレーンストーミングで生み出されたものではなかったのだ。最良のアイデアはちがう場所で生まれていた。ではどこで?

自分がベストの仕事をできたのは、大きな課題に十分とはいえない時間でとりくんだときだった。

ワークショップのやり方を抜本的に変えることにした。こういった魔法の要素ーー個別の作業、プロトタイプ作成の時間、逃げられない締切ーーをワークショップに加えたらどうなるだろう?こうして開発したプロセスを、デザインの短距離走として、「スプリント」と名づけた。

ビルはGVの投資先のスタートアップにスプリントを導入したらどうかと考えていた。たいていのスタートアップは、一つの有望な製品に一か八かの賭けをして資金が尽きてしまう。スプリントを行えば、スタートアップは製品の構築・公開というリスキーな賭けをする前に、正しい軌道に乗っているかどうかを判断できるだろう。スプリントは利益を高め、コストを節約するための有効な手段になる。

スプリントは大きな問題を解決し、新しいアイデアを試し、より多くのことをより速く成し遂げる道筋になる。しかもいまより楽しく仕事ができるときたら、試さない理由は何もない。

INTRODUCTION スプリントとは何か?

まず最初に、チームのメンバーは丸一週間の予定をすっかり空けた。月曜日から金曜日まで、すべてのミーティングをキャンセルし、メールに「外勤中」の自動応答メッセージを設定して、一つの問題に全力を注ぐことにしたーー「ロボットに人前でどんなふるまいをさせるべきか?」

「うそでしょ」と彼女はいった。「ロボットじゃないの!」
ピカピカのハッチがゆっくり開いた。中には歯ブラシが一本入っている。女性がスクリーンをタッチしてお届けを確認すると、チャイムとビープ音が鳴った。彼女がこの体験に5つ星の評価を与えると、小さなマシンは前後に体を揺らしてハッピーダンスをした。
「まあカワイイ!」と彼女はいった。「ロボットに会えるなら、もうここにしか泊まらないわ」
でも僕らを一番喜ばせたのは、この言葉じゃない。ライブビデオを通して見た満面の笑顔だ。それに、彼女がやらなかったこともだーー女性はロボットとのやりとりで、ぎこちないためらいや苛立ちを見せることはなかった。

もちろん、すべてが細部にいたるまで完璧だったわけじゃない。タッチスクリーンの反応は鈍かったし、効果音のタイミングがずれたところもあった。それにロボットのタッチスクリーンで簡単なゲームを遊べるようにするというアイデアは、まったくウケなかった。

サヴィオークはロボットに個性を与えるという賭けに出た。スプリントでリスキーなアイデアをすばやく試せたからこそ、自信をもって賭けができたのだ。

月曜日に問題を洗い出して、どの重要部分に照準を合わせるかを決める。
火曜日に多くのソリューションを紙にスケッチする。
水曜日に最高のソリューションを選ぶという困難な決定を下し、アイデアを検証可能な仮設のかたちに変える。
木曜日にリアルなプロトタイプを完成させる。
金曜日に、本物の生身の人間でそれをテストする。

SET THE STAGE 準備をする

第1章 「課題」を見抜く

ブルーボトルは技術系の会社ではないし、ジェームズはオンライン小売販売の専門家でもない。どうすればカフェの魔法をスマートフォンやラップトップ上で表現できるだろう?

このチームは、一般的なソフトウェア開発チームとはかけ離れていた。全員が多忙な要人で、まる一週間重要な仕事から離れることになる。このスプリントは、そこまでしてやるべきものになるのだろうか?

2つのプロトタイプはずっとウケがよかった。「家ではどうやってコーヒーを淹れていますか?」のデザインは、問題なく機能した。そして意外だったのが、「文字だらけ」のデザインへの反応だ。顧客は説明をすみずみまで読み、詳細な情報を通してブルーボトルのメッセージと専門性を肌で感じとったのだ。

ブルーボトルの新しいオンラインストアのように、何ヶ月、何年もかかるような大がかりなプロジェクトを始めようとするとき、スプリントを行えば幸先のよいスタートが切れる。でもスプリントは長期のプロジェクトだけのものじゃない。スプリントはとくに次のような厄介な状況で役に立つ。

①リスクが高いとき ー スプリントは、全力前進する前に航海図を確かめ、正しい方向へ舵を切るチャンスになる。
②時間が足りないとき ー 厳しい締切に追われているとき、よいソリューションがいますぐ必要だ。スプリントはその名の示すとおり、高速化のためのプロセスだ。
③何から手をつけていいかわからないとき ー 問題解決に対する新鮮なアプローチにより、重力の支配を抜け出せる。

工業用ポンプはスプリントに複雑すぎるということはなかった。エンジニアのチームは5日間という制約のもとで、専門知識を駆使してクリエイティブに考えた。課題をいくつかの重要な質問のかたちに落とし込むと、近道が現れた。

無謀に聞こえるかもしれないが、そういいきれる大きな理由が2つある。1つには、チームはスプリントを行うことで、最も緊急性の高い質問にいやでも集中するようになる。2つめとして、スプリントでは完成品の「外見」だけをつくって学習できるからだ。
たとえばブルーボトルはスライドショーを使って、ウェブサイトのように見えるプロトタイプをつくった。グラコはカタログを使って、売り込む製品を設計、製造する前に、「商談」のプロトタイプをつくった。

外見は重要だ。なぜなら外見は製品・サービスと顧客の接点だからだ。人間は複雑で気まぐれだから、いままでにない新しい状況でどんな反応が返ってくるかは予測できない。新しいアイデアが失敗する原因は、顧客がわかってくれるはず、気に入ってくれるはずだという過信にあることが多い。

第2章 「オーシャンズ7」を決める

そもそも解決すべき問題が正しく選ばれていないと感じたのだ。チームにはもっと重要な優先事項があった。
このスプリントが失敗したのは、僕ら3人の責任だ。僕らはサムならきっとこう考えると推測し、その読みは間違っていた。なにがなんでも決定者に同席してもらうべきだった。

決定者はスプリントに関与しなくてはいけない。もしこの本を読んでいるあなたが決定者なら、スケジュールを完全に空けて臨もう。あなた以外の人が決定者なら、参加してくれるよう説き伏せよう。
だが、スプリントに戸惑いを感じる人もいる。なににしろ初めてのプロセスにしては拘束時間が長い。

「急速な前進」ができる ー スプリントでどれだけのことができるかを力説しよう。
これは「実験」だ ー 仕事のやり方を変えたがらない人も、一度きりの実験なら進んでやってくれることが多い。
「デメリット」を説明する ー 重要なミーティングや仕事や仕事をリストアップして決定者に見せよう。
「集中」できる ー すべての仕事でそこそこの成果をあげるより、一つの仕事ですばらしい成果を出したいと訴えよう。

あるスプリントでは、CEOがデザインディレクターにこんなメールを送った。「本プロジェクトのすべての意思決定権限を貴殿に付与します」

僕らはスプリントの前に、いつもこう尋ねることにしている。
仲間に入れないとトラブルになりそうな人はいないか?
何にでもケチをつけたがる不平屋じゃなく、聡明だが強い反対意見をもっていて、スプリントに誘うのがややためらわれる人だ。

第3章 「時間」と「場所」を確保する

スプリントは10時に始まり、途中1時間のランチをはさんで、17時に終わる。そう、スプリントの典型的な1日の仕事時間は、たった6時間だ。

僕らはもっと短いスプリントも試してみたが、疲弊したうえ、プロトタイプをつくってテストする時間がなかった。
6週間や1ヶ月、10日間のスプリントもやってみたが、1週間に比べて格段に高い成果があがったことは一度もなかった。
週末をはさむと連続性が失われ、注意散漫と先延ばしが忍び寄ってきた。また仕事に時間をかければかけるほど、自分のアイデアに愛着を感じ、その分同僚や顧客から学ぼうという意欲が失せた。

スプリントではデバイスの持ち込みは禁止だが、いつでも部屋から出てデバイスを使っていいと、メンバーに事前に伝えておこう。この脱出ハッチがあるから、多忙な人も通常業務に支障をきたさずに参加できる。明確なスケジュールとデバイス禁止ルールの相乗効果で、必要なことに存分に集中できる。

大きなホワイトボードを使って問題解決にとりくむと、魔法が起こるのを知っているからだ。人間の短期記憶はあまりよくないが、空間記憶は驚異的だ。スプリントルームの壁にメモや図表やプリントをびっしり貼るのは、その優れた空間記憶を活用するためだ。部屋全体を、チームの「共通の脳」に見立てるのだ。

ジェイクはいつもちょっと前置きをしてから、タイムタイマーを紹介する。人の話をタイマーで区切るのはとかく気まずいからだ。こんな前置きをする。
「これから段取りをすすめるためにこのタイマーを使うよ。これが鳴ったら次のトピックに移れるかどうか考えてほしい。話しているときにタイマーが鳴ったら、少しの時間を延長するから、そのまま話し続けてかまわない。これは単なる目安で、火災報知器じゃない」

SUNDAY 目標を固める

第4章 「終わり」から始める

スプリントの課題のような大きな問題を目の前にすると、すぐにでも解決にとりくみたくなる気持ちはわかる。時間は刻々と過ぎ、チームは勇み立ち、解決策を次々と出し始める。
だがその前にスピードを緩め、お互いの知っていることを共有し、優先順位をつけなければ、問題の間違った部分に無駄な時間と労力を費やすことになるかもしれない。

月曜日は、「終わりから始める」というエクササイズから始める。まずは先をースプリントウィークの終了時点とその先をー見据えよう。

そんなことは考えるまでもないと思っても、月曜日に時間をとって未来を具体的に思い描き、書きとめておくことに意義がある。まずはプロジェクトの「長期目標」だ。

長期目標は、チームの方針と野心を反映したものでなくてはいけない。背伸びした目標でもかまわない。目標がどんなに大きくても、スプリントのプロセスを用いれば、よい出発点を決め、ゴールに着実に近づくことができる。

・このスプリントでどんな質問に答えを出したいか?
・長期目標を達成するには、どんな前提が満たされなくてはならないか?
・未来にタイムトラベルしたら、プロジェクトが失敗に終わっていた。どんな原因が考えられるだろう?

クエスチョンがたくさん出ても、この時点では一番重要なものを選ぶ必要はない。それをするのは月曜日の終わりにスプリントの「ターゲット」を決めるときだ。

漠然とした疑問や未知のものごとは不安をかき立てるものだ。だが、すべてを一か所にまとめてリストアップすれば安心できる。それを見れば、チームがどこに向かっているか、何に立ち向かっているのかが一目瞭然だ。

第5章 「マップ」をつくる

どのマップも顧客が中心的な要素となり、主な「役者」が左端に並んでいる。
どのマップも「開始」と「途中」と「完了」がある、ストーリー仕立てだ。
そして業種にかかわらず、どのマップもシンプルで「一言フレーズ」と「矢印」と「ボックス」だけでできている。

①「役者」を書き出す
②「完了」を書く
③「一言フレーズ」と「矢印」でつなぐ
④シンプルに
⑤「助け」を求める

この時点で、スプリントの重要な節目に到達した。
長期目標とスプリントクエスチョン、マップの大きな草案ができ、スプリントの基本的な輪郭がもう見えてきたー金曜日のテストでどんなことを明らかにするか、どんなソリューションとプロトタイプにするかだ。長期目標はチームの原動力になり、判断基準になる。

第6章 「専門家」に聞こう

月曜日の午後のほとんどをかけて、「専門家に聞こう」のエクササイズを行う。
スプリントチームや社内、ときには社外の特別な知識を持つ人たちに、一人ずつヒアリングするのだ。ヒアリングするとき、チームメンバーは各自でメモをとる。スプリントのターゲットを決めるのに必要な情報と、火曜日のソリューションスケッチのための燃料を集めよう。

専門家と話をすると、知っているのに忘れていたことを思い出せる。これが思いがけないひらめきにつながることがある。
それにこのプロセスにはもう一つ、長い目で見たメリットがある。早いうちに専門家に協力を要請すると、スプリントの結果に当事者意識をもってもらえ、あとで有望なソリューションを実行に移すときに、後ろ盾が期待できる。

専門家に資料をわざわざ用意してもらう必要はない。すでにあるものを見せてもらうのはいいが、それよりマップや顧客について率直な意見を聞いたほうが効率的だ。ぶっつけ本番でやるのは不安かもしれないが、きっとうまくいく。本物の専門家なら、チームが聞こうとも思わなかったようなことを話してくれるはずだ。

まず一人ひとりがヒアリングのメモをとる。1つのことがらにつき1枚のふせんを使う。終わったら全員のメモを集めて整理し、一番興味をそそる数枚を選ぶのだ。選ばれたメモは、マップのどの部分をターゲットにするかを決めるときの参考になるし、火曜日のスケッチのアイデアにもなる。
この手法のポイントは、「どうすれば・・・」から始まる質問のかたちでメモをとることにある。たとえばブルーボトルなら、「どうすれば、カフェの体験を再現できるか?」「どうすれば、コーヒーを新鮮なうちに届けられるか?」など。

頭のなかでこれらの問題を「どうすれば〜できるだろう?」という、「機会」のかたちに変換していた。彼らが付箋に書いたメモをいくつか紹介しよう。
・どうすれば、患者を選別するための重要な情報を体系化できるだろう?
・どうすれば、他院の医師との話し合いを簡素化できるだろう?
・どうすれば、電子カルテの確認を迅速にできるだろう?
「どうすれば」のメモを読むのは、問題がずらずら並んだリストを読むよりずっと気分がいい。ヒアリングを終えた僕らは、壁に貼り出された全員のメモを読みながらワクワクした。どの「どうすればメモ」も問題を的確にとらえ、それを機会のかたちに変えていた。

①投票用の大きいドットシールを1人2枚ずつ配る。
②決定者には大きいドットシールを4枚渡す。決定者の意見は、ほかの人の意見より重みがあるからだ。
③各自で「目標」と「スプリントクエスチョン」を読み返す。
④各自が一番役に立ちそうな「どうすれば」の質問に無言で投票する。
⑤このとき自分のメモに投票してもいいし、同じメモに2票入れるのもかまわない。

第7章 「ターゲット」を決める

データを収集して地図をつくるうちに、見まごうはずのないものが現れた。あなたも専門家にヒアリングを行い、メモをまとめたとき、まるで地球の亀裂のように、プロジェクトの一番重要な部分がマップから飛び出して見えるはずだ。
月曜日の最後の仕事は、スプリントの「ターゲット」を決定することだ。

全員が一日を通して同じ情報に触れ、同じメモを読み、同じマップに合意した。全員が意見を表明する機会を与えられた。月曜日の夕方には全員が課題と機会、リスクをはっきり認識していた。つまり彼らにとっても、ターゲットは明白だった。

決定者はマップ上の1つの「ターゲット顧客」と1つの「ターゲット瞬間」を選ばなくてはならない。決定者が何を選ぼうと、チームはそれを中心にスプリントの残りのプロセスをすすめる。スケッチ、プロトタイプ作成、テストは、すべてこの決定をもとにして行う。

ターゲットが決まったら、スプリントクエスチョンを振り返ろう。一度のスプリントですべてのクエスチョンに答えられない場合がほとんどだが、選ばれたターゲットに対応するクエスチョンが1つ以上あるはずだ。

TUESDAY 思考を発散させる

第8章 「組み換え」と「改良」に徹する

メリタ・ベンツの教訓は、「偉大なイノベーションは既存のアイデアを新しいビジョンでとらえ直したもの」ということだ。コーヒーのフィルターはそれまでも試されていたが、金網や布だった。吸いとり紙のアイデアはどこから?その辺に転がっていたのだ。

火曜日は、午後のソリューションスケッチのヒントになりそうな既存のアイデアを探すことから始まる。それはレゴ遊びに似ている。まず使えそうな部品を集め、それを組み合わせて独創的で新しいものをつくるのだ。

チームが一人づつ順番に、ほかの製品やほかの分野、社内のほかの部署などから得た最高のソリューションを「3分間で紹介」するのだ。このエクササイズのねらいは、競合製品を模倣することではなく、アイデアの原材料を探すことにある。

経験からいうと、同業者の製品を研究しても大して役に立たない。最高のソリューションの起爆剤になるアイデアは、異なる環境の似たような問題の解決策にこそある。

チョーのチョコレートバーには、チョコレートの風味を6つに分類してわかりやすく表した「フレーバーホイール」が印刷されている。ブライト、フルーティー、フローラル、アーシー、ナッティー、チョコレーティー。
ブルーボトルのチームはこのラベルを見てひらめいた。そしてソリューションスケッチでアイデアをつくりかえ、ブルーボトルのコーヒー豆を簡単なキーワードで説明する、というソリューションを生み出した。

一人づつ順番に、自分の提案する製品の高速デモをする。どこがそんなにいいのかを、チーム全体にわかるように説明するのだ。タイマーをセットして、一人1分程度にとどめる・

デモをする人に、「この製品のビッグアイデア(肝となるアイデア)は何ですか?」と最初に尋ねよう。そしてそのエッセンスを簡単に図で表し、上に簡単な見出しと、下にアイデアの出所を書いておく。

このメモは、午後に記憶を呼び起こすためだけのものだから、気の利いたメモやくわしいメモは必要ない。高速デモを終えると、いつもホワイトボードがアイデアでいっぱいになる。

ほとんどのアイデアに使いみちがなくても、1つか2つはすばらしいソリューションにつながるものがあるはずだ。ホワイトボードをじっくり探せば、たいてい「吸い取り紙」のようなアイデアが見つかる。

問題を分担すべきだろうか?マップをよく見て、チームで簡単に話し合おう。問題の範囲がとても狭い場合は、分担せずにチーム全体で同じ部分を攻略してもいい。
重要な部分がいくつかあるなら、分担したほうがいい。

第9章 「スケッチ」する

僕らはまるっきりのハイテクオタクだが、最初に紙に書くことの大切さはよく知っている。紙は万人を平等にする。どんな人も、単語やボックスに絵を書けば、自分のアイデアを誰とも同じくらい明快に表現できる。

大切なのはソリューションの中身だ。チームは水曜日に全てのスケッチを品評して一番よいものを選び、金曜日にプロトタイプをテストする。そのときものをいうのはソリューションの質であって、もとの図の芸術性じゃない。

火曜日にスケッチするのは、楽しむためじゃない。なぜスケッチをしてもらうかといえば、これが抽象的なアイデアを具体的なソリューションに変えるための、簡単かつ最速の方法だという確信が僕らにはあるからだ。

グループで騒がしくブレーンストーミングをするより、各自が個別に問題にとりくんだほうがよりよい結果が得られることを、僕らは経験上知っている。
一人で作業することで、じっくりものごとを調べ、ひらめきを得て、問題を考え抜くことができる。また個別にとりくむと、プレッシャーと責任感から、ベストな仕事をするよう駆り立てられる。

スケッチは綿密だが、芸術作品じゃない。どのスケッチもテキストとボックス、棒人間でできていて、普通のコピー用紙と普通のふせんに普通のペンで書かれている。

「4段階スケッチ」は、いまあげた重要な要素をすべて盛り込んだものだ。
まず最初に、部屋中に張り出されている目標や機会、インスピレーションを見て、メモをとり、20分間で自分を「起動」する。
それから20分間で大まかなアイデアを書き出す。
次は頭を柔らかくして、「クレイジー8」と呼ばれるラピッドスケッチで、アイデアのバリエーションを考え出す。
そして最後に、30分かそれ以上かけてソリューションスケッチを描く。ソリューションスケッチは、詳細をきちんと詰めた、一つの筋の通ったコンセプトだ。

これまで「大丈夫、誰も見ないから」といい続けてきた。でもそれはもうおしまいだ。ソリューションスケッチとは、各自の最高のアイデアを紙にくわしく描き表したものをいう。どのスケッチも、「こうやって課題を解決すべきだ」という独断的な仮説だ。このスケッチはチームメンバーにじっくり見られ・・・おまけに品評までされる!だから具体的で周到でわかりやすいものにしなくてはならない。
具体的にいうと、スケッチとは顧客が製品・サービスを利用するときに目にするものを表す3コマのストーリーボードで、1コマを1枚のふせんに描く。

スケッチは水曜日の朝、全員に見えるように壁に張り出される。見ただけで理解できなくてはならない。スケッチは、アイデアが通過しなくてはならない最初の関門だ。スケッチの段階で理解してもらえなかったら、磨きをかけてもよくなるはずがない。

WEDNESDAY ベストを決める

第10章 「決定」する

一つのアイデアを長々と議論するうちに疲れてしまう。
焼き菓子コンテストの審査員が、最初にアップルパイを食べ過ぎて、ほかの作品を試食できなくなるようなものだ。

グリッチが花開かないことがはっきりすると、会社は不思議な行動に出た。ちがうゲームをつくったり廃業したりするのではなく、片手間にやっていた別のプロジェクトに労力を注いだのだ。
それは社内用につくったコミュニケーションツールだった。創業者のスチューワート・バターフィールドは、このメッセージングシステムがほかの会社にも役立つと直感し、「スラック」という名で一般公開した。

スラックが仕事のハブになると、チームは効率性と一体感を高め、なぜだか気分よく仕事ができるようになった。スラックを導入した職場の一つであるニューヨークタイムズの記者も、こう書いている。「西海岸にいる同僚に親近感を覚え、働くのが楽しいとすら感じる。仕事でこんな気持ちになれるのはすごいことだ」

僕らはいきなり選択をする必要はなかった。まずアイデアのうちのおもしろいと思った部分に、小さいドットシールを貼っていった。数分するとほとんどのスケッチにドットの集まりができた。こうして「無言の品評」が終わると、次は全員で一つのスケッチについて話し合った。シールが集中した部分に重点を置き、タイマーも活用して、手短に議論をすませた。

スプリントのおかげで、あてどもない議論の代わりに、効率的な品評と決定のプロセスを実行できた。午前が終わるころ、テストしたいアイデアが決まった。

①美術館:ソリューションスケッチをマスキングテープで壁に貼りつける。
②ヒートマップ:黙ってソリューションを見て回り、面白いと思った部分にドットシールを貼っていく。
③スピード品評:それぞれのソリューションの見どころをすばやく話し合い、ビッグアイデアをふせんに書き出す。
④模擬投票:各自がソリューションを一つ選び、シールで投票する。
⑤スーパー投票:決定者がこれまたシールで最終決定を下す。

普通に考えれば、自分のソリューションを紹介し、そのねらいを説明する機会を、誰もが公平に与えられるべきだ。確かにその通りだが、スプリントではそうしない。

現実世界では、誰かがいつもそこにいてセールストークや説明をするわけにはいかない。
アイデアはそれだけで完結していなくてはならないのだ。

スピード品評では、チーム全員でソリューションスケッチを一つづつ品評し、ずば抜けたアイデアをメモする。品評は決められた手順で、時間制限付きで行う。

進行役がヒートマップを振り返る間、初期はずば抜けたアイデアをふせんにせっせと書いていく。

ソリューションが脚光を浴びている間も、作者は品評が終わるまで発言を許されないのだ。

人は集団で話し合いをすると、意見をまとめようとして、みんなが気にいるような決定を下しがちだ。それは人間の善意がなせるわざでもあり、グループの結束を強めたいからでもあり、民主主義は気分がいいからでもある。とはいえ、民主主義は国をまとめるにはいいが、スプリントには向かない。

スーパー投票が最終決定になる。決定者は特別な票を3票与えられる。彼(ら)が何に投票しようとも、チームはそのプロトタイプをつくってテストする。

スーパー票が(たった1票でも!)入ったスケッチが、勝者となる。これらのアイデアをもとにプロトタイプを計画し、金曜日にテストをする。

スーパー票が入らなかったスケッチは、勝者じゃないが、敗者でもない。「また今度」だ・水曜日の午後にプロトタイプの計画を立てる際に取り入れてもいいし、次のスプリントで使ってもいい。

勝者のソリューションが決まると、みんなほっとする。なにしろスプリント最大の決定が下されたのだ。誰もが意見を表明する機会を与えられ、決定に至ったプロセスを理解している。ほっとする気持ちに加えて、プロトタイプの構成要素が決まってワクワクしているはずだ。

第11章 「ガチンコ対決」をする

スラックの潜在顧客は、スラックを仕事で使うことがどういうことなのか、ピンときていない。だがボットチームと一緒にシミュレーションをすれば一発で理解できるだろうと、スチュワートは考えた。

「ボットチーム」と「手取り足取り」をどうすれば同じプロトタイプに含められるか、僕らには見当もつかなかったからだ。1つのウェブサイトに含める説明としては、盛りだくさんすぎる。
2つのすばらしいアイデアがあって、それを組み合わせる方法が見つからないとき、とるべき賢明な行動は1つしかない。「ランブル」(ガチンコ対決)のときがやってきた。

優れているが相容れない2つのアイデアがあるとき、どちらか一方を選ぶ必要はまったくない。両方のプロトタイプをつくって、金曜日のテストで顧客の反応を見ればいいのだ。2つのプロトタイプは、プロレスラーがパイプ椅子で殴り合いをするように、真っ向から対決する。僕らはこの種のテストを「ランブル」と呼んでいる。

第12章 「ストーリー」を固める

水曜日の午後にもなれば、金曜日の顧客とのテストが迫っているのがひしひしと感じられる。スケジュールがタイトだから、勝者のアイデアが決まったらただちにプロトタイプ作成に移りたくなる気持ちもわかる。
だが計画もなしにプロトタイプ作成を始めれば、未解決の問題がちょこちょこ出てきて、いちいち手を止めて考えるはめになる。

ストーリーボードでプロトタイプの完成形を事前にイメージすれば、実際に作成を開始する前に問題や不明点を洗い出せる。
こうした点を事前にクリアしておけば、木曜日は思うさま作業に集中できる。

最初に大きなマス目を15個くらい書く。空白のホワイトボードに、できるだけ大きくコマを書いていく。
左上のコマからストーリーボードを描き始める。このコマは、金曜日に顧客が体験する最初の瞬間を表している。

顧客は何を通してあなたの会社の存在を知るだろう?製品を使う直前に、どこにいて何をしているのか?

プロトタイプの一部が機能しなくても問題ない。機能しないボタンや利用できないメニューがあってもかまわない。金曜日のテストの顧客は、こういう「行き止まり」を意外と気にしないものだ。

ギャップを埋める必要がある場合は、「また今度」のスケッチやすでにある製品が使えないか考えてみよう。その場で新しいアイデアを考えるのは避けたい。水曜日の午後をアイデアを考えるのに費やすのは、時間と労力の無駄遣いだ。どんどんコマを描いていこう。

木曜日のプロトタイプ作成時に「次はどうなる?」「ここには何が入る?」などの疑問が噴出しない程度にくわしくする。だが具体的になりすぎるのもよくない。すべてのコマを完璧にして、細部にわたるまで考え抜く必要はない。「ここんところは、明日作る人が決めてくれ」といって、どんどん先に進もう。

スプリントは当たれば大きい、リスクの高いソリューションをテストするのに一番向いている。だから普段とは優先順位を逆にして考えよう。
成功間違いなしの小さなチャレンジなら、わざわざプロトタイプをつくる必要もない。そういう楽勝案はパスして、大きく大胆な賭けを選ぼう。

勝者のスケッチをすべて組み込んだら、ストーリーボードは完成だ。これでスプリントの一番大変な部分が終わった。決定が下され、プロトタイプの計画が完成したところで、水曜日はお開きだ。

「バッテリー切れ」を起こさせないフレーズ
「いい議論だね、でも今日はまだまだやることがある。先に進むために決定者に決めてもらおうか」
「これについては決定者に一任しよう」
「これは明日プロトタイプをつくる人に任せよう」
「新しいアイデアを考えているようだね。とても面白いアイデアだから、忘れないように書き留めておこう。でもスプリントを終わらせるには、いまあるアイデアに集中しないと」

たいていのアイデアは具体化する前のほうがよく見えるから、実際にはそれほどよくないのかもしれない。いずれにしろ、たとえ新しいアイデアが史上最強だったとしても、プロセスを一からやり直している暇はない。
勝者のスケッチは、選ばれた以上テストされる権利がある。新しいアイデアや改良案に本当に価値があるなら、次の週まで待てるはずだ。

THURSDAY 幻想を作る

第13章 「フェイク」する

いかつい顔のカウボーイが酒場の前に立っている。帽子を直し、風で舞い上がる土埃のなか目を凝らすと、通りの向こう側にはライフル片手に馬にまたがる黒服の男たち・・・。少し離れた雑貨屋の店先に町の人たちが集まっている。回転草が風に吹かれて転がっていく。口には出さないがみんな知っている、この町に何かよくないことが起ころうとしているのをーーー。

ほとんどの映画はハリウッドのセットで撮影される。カウボーイのうしろの酒場は?あれは建物の正面だけをつくった「ファサード」だ。ただの外壁で、裏には何もない。

ストーリーボードがあるから、何を含めるべきかで頭を悩ますこともない。ソリューションスケッチには、実際に使えるテキストや要素が満載されている。ないより、プロトタイプ作成に必要なスキルをもつすご腕のメンバーがそろっている。

一番まずいのは、プロトタイプであれ本物の製品であれ、何かに長時間とりくんでいるうちに愛着を感じ、否定的なテスト結果が出ても真摯に受けとめなくなることだ。1日とりくんだあとなら意見を受け入れられても、3ヶ月もするとガチガチにのめり込んでしまう。

ソリューションのプロトタイプをつくるには、「完璧」から「必要最低限」へ、「長期品質」から「一時的なシミュレーション」へと、ひとまず考え方をシフトする必要がある。

金曜日のテストでは、顧客の自然で正直な反応が見たい。紙に書いた「ペーパープロトタイプ」やレイアウト図面のようなちゃちなものを見せたら、幻想は解けてしまう。
そして幻想が解けると、顧客はフィードバックモードに切り替わり、できるだけ力になろうとあれこれ意見してくれる。
だが金曜日のテストでは、顧客の「反応」は千金に値するが、「意見」となると何の価値もない。

第14章 「プロトタイプ」をつくる

資産コレクターはネットや画像ライブラリ、自社製品ほか、考え得る全ての場所を探し回って、使える要素を見つける。おかげでメイカーは細々とした要素が必要になるたびに手を止めて探しにいく必要がなくなり、作業がはかどる。

ライターは最重要の係の一つだ。プロトタイプはリアルに見えなくてはならない。現実的にあり得ない言い回しがまじっていたら、リアルに見えるはずがない。

「インタビュアー」が必要だ。完成したプロトタイプを使って、金曜日に顧客インタビューを実施する人だ。インタビュアーは木曜日にインタビューの台本を書く。
インタビュアーはプロトタイプ作成に関わらないほうがいい。金曜日のテストでプロトタイプに感情移入して顧客の率直な反応に水を差すのを防ぐためだ。

午後3時ごろには試運転を始めたい。この時間なら、プロトタイプにまちがいや欠陥が見つかっても修正できるからだ。全員が手を止めて集まり、スティッチャーが口で説明しながらプロトタイプを最初から最後まで動かしてみる。

試運転は、スプリオントクエスチョンを振り返る絶好の機会でもある。求めている答えがプロトタイプを通じて得られるかどうかを、最後にもう一度確認しよう。

朝から大きな課題にとりくみ始め、緻密な行動計画を実行に移し、課題を完成させて1日を終えるなんて、普段の仕事ではめったにないことだ。木曜日はまさにそんな日で、とても充実した1日になるだろう。プロトタイプが終わったとたん、今度またやれる機会を心待ちにしている自分に気づいても驚かないように。

FRIDAY テストをする

第15章 「現実」を知る

目を通さなくてはいけない50ページ分の原稿だったが、ニュートンは対して期待していなかった。すでに8社に断られてから回ってきた持ち込み原稿だった。
ニュートンはその夜読む気がせず、8歳の娘アリスに原稿を渡した。
アリスは1時間ほどすると、興奮に頬を染めて戻ってきた。
「パパ」と彼女はいった。「今まで読んだどの本よりもずっとおもしろいわ」

当初書店にはほとんど出回らなかったその本こそ、「ハリー・ポッターと賢者の石」である。

8人の児童書の専門家が「ハリー・ポッター」を却下し、9人めのニュートンも500部ぽっちしか刷らなかった。でも8歳のアリスは、「どの本よりもずっとずっとおもしろい」ことにすぐ気づいたのだ。

大人たちは、子どもがこの本をどう思うだろうと予測し、その予測は間違っていた。アリスが本の真価を見抜くことができたのは、本物の子どもだったからだ。そしてさいわいニュートンには、娘のいい分を聞くだけの分別があった。

スプリントウィークの金曜日に、あなたのチームも同じタイムワープを経験する。ターゲット顧客がチームの新しいアイデアに反応する様子を、市場投入という大金の絡む決定を下す前にとくと観察できるのだ。

金曜日はこんな流れになる。チームの一人がインタビュアーになって、5人のターゲット顧客を一人ずつインタビューする。顧客にプロトタイプを使ってタスクを完了してもらい、その間彼らが何を考えているかを知るために、そばにいて質問をする。残りのメンバーは別室でインタビューのライブビデオを視聴し、顧客の反応をメモする。

顧客が難しいタスクをこなし、自分が何ヶ月も前から説明しようと苦労してきたことをすんなり理解してくれたり、競合のアイデアより自分のアイデアを選んでくれるのを見れば、天にも昇る気持ちになる。そして5回のインタビューが終わるころには、顧客の反応のパターンを簡単に予測できるようになっているはずだ。

最も重要なパターンを見抜くには、何回インタビューをすれば十分だろう?
そこで過去に行った83の製品調査を分析し、インタビューの回数と発見された問題の数をグラフにプロットして見みた。すると思いがけない結果が繰り返し現れた。問題の85%が、たった5人のインタビューで発見されていたのだ。
テストする人数をそれ以上増やしても、手間がかかるだけで、発見される問題の数はそれほど増えなかった。「発見の数は、すぐに収穫逓減の状態に達する」とニールセンは結論づけている。

一対一のインタビューはとてつもない時短になる。本物の製品をつくるはるか前、かつそれに入れ込んでしまう前に、製品のファサードをテストできる。たった1日で意味のある結果が得られる。そのうえ、大規模な定量的データ(ビッグデータ)では手に入らない、貴重な洞察が得られる。なぜ、ものごとがうまくいくのか、いかないのかを知ることができるのだ。

データしかなければ、顧客が考えていることを推測するしかない。でもインタビューなら、ズバリ聞くことができる。
インタビューは難しくない。特別な専門知識も設備もいらないし、行動心理学者もレーザー視線測定器も必要ない。親しみやすいふるまいと好奇心、それに自分の誤りを進んで認めようとする姿勢さえあればいい。

第16章 「インタビュー」をする

マイケルはリサーチ手法に改良を加え、スタートアップのすばやい学習に役立ち、習得しやすい方法を開発してきた。プロダクトマネージャーやエンジニア、デザイナー、セールス担当者など、数え切れないほどの人にインタビューのやり方を伝授している。誰でも、CEOでさえ上手にインタビューができるようになるのだ。

この構成の通り会話を進めると、顧客をくつろがせ、顧客の背景情報をつかみ、プロトタイプ全体を検討することができる。インタビューの流れはこんな感じだ。
①「親しみを込めた歓迎」でインタビューを始める
②自由回答式で「顧客の背景を理解するための質問」をする
③プロトタイプを紹介する
④「タスクと促し」でプロトタイプに対する反応を見る
⑤「簡単な振り返り」で全体的な考えや印象を聞く

インタビュアーは、誰か1人が1日を通してやってもいいし、2人が交代でやってもいい。大きく明らかなパターンを探すのだから、小さな変更がデータの整合性を損なうことは心配しなくていい。

前置きが終わったら、すぐにプロトタイプに移りたくなる気持ちはわかる。でもあせりは禁物だ。最初はゆっくり始め、顧客の「生活」や「関心」「行動」について質問しよう。

マイケルはまず普通の雑談「どんなお仕事をしていますか?」から始め、それから話題を少しずつフィットネスに向けていった「健康のために何かしていることはありますか?」。

背景を知るための質問には、顧客の気持ちをほぐし、口を軽くさせる効果がある。でもそれだけじゃない。この種の質問に対する顧客の答えは、製品・サービスが顧客の日々の生活でどのように使われるのか、顧客が競合製品についてどう思っているのかを理解する助けになるのだ。

「まだうまく動作しないものがあるかもしれません。動作しないものがあったらお教えしますね」
もちろん、木曜日に「ちょうどいいできばえ」のプロトタイプをつくったのだから、顧客はいったん使い始めれば本物でないことを忘れてしまうだろう。それでもこんな前置きをしておけば、率直なフィードバックを促せる。

この「設計したのは私じゃない」のセリフが大事なのは、顧客はインタビュアーがプロトタイプに感情的に入れ込んでいないと思ったほうが、率直な意見をいいやすいからだ。インタビュアーが木曜日にプロトタイプ作成に関わらないほうがいいのは、このためだ。たとえ関わっていても、「私じゃない」のセリフはいおう。大丈夫、告げ口なんかしないから。また、顧客に考えを口に出して欲しいと伝えよう。
「これから、考えていることをそのまま口に出してください。いま何をしようとしているのか、どのようにしてそれをやるつもりなのか、といったことです。混乱したり、わからなくなったら、そういってください。何か気に入った点があったら、それも教えてくださいね」

顧客がタスクにとりくんでいる間、インタビュアーは考えを口に出すのを促すような質問をする。
「これはなんですか?なんのためのものでしょう?」
「それをどう思いますか?」
「次に何が起こると思いますか?」
「これを見ながらどんなことを考えていますか?」
「次に何をするつもりですか?それはなぜですか?」

マイケルの振り返りの質問をいくつか紹介する。
「あなたがいま使っているものと比べて、この製品はどうですか?」
「この製品で気に入った点、気に入らなかった点は何ですか?」
「この製品を友達になんといって説明しますか?」
「もしも魔法の力でこの製品を3点だけ改良できるとしたら、何を願いますか?」

当然だが、ここまで説明した質問や行動を全部暗記する必要はない。インタビュアーは木曜日に準備を始め、チームがプロトタイプをつくっている間に台本を書く。それをプリントアウトして、本番のインタビューのあんちょこにしてもいい。台本があるとインタビューをスムーズに、そして毎回同じように進められるから、パターンを見つけやすい。

エアビーアンドビーの創業者はインタビューを通して、サービスが顧客の目にどのように映っているかを理解し、それまで気づかなかった問題を明らかにできた。顧客の声に耳を傾けても、ビジョンを破棄することにはならなかった。むしろ顧客との対話で、ビジョンの実現に必要な情報を得たからこそ、ギャップを埋めて現実の人たちに役立つサービスを提供することができたのだ。

すご腕のインタビュアーになるための最後のコツは、テクニックじゃなく、考え方に関するものだ。木曜日は「プロトタイプ思考」の日だが、金曜日になったらチームとくにインタビュアーは、「好奇心思考」に切り替えよう。
好奇心思考とは、顧客や顧客が示す反応を知りたいという気持ちをもつことだ。この思考をとり入れるには、顧客の発言や行動のなかで、意外と思った細部に集中するといい。
いつも「なぜ?」と聞こう。勝手にこうだと思い込んだり、結論に飛びついたりしない。
インタビューをするときは、顧客からどんな興味深い情報が得られるのだろうと、いつも心待ちにしよう。

第17章 「学習」する

金曜日は長いミステリー小説に似ている。チームは1日かけて手がかりを集める。手がかりのなかには、事件の解明に役立つものもあれば、間違った方向を指し示すものもある。すべての手がかりが一つにつながり、答えが明らかになるのは、最後になってから、つまり午後5時ごろだ。

どんな人もスーパーパワーをもっている。ソフトウェアエンジニアはプログラミング、マーケティング担当者はキャンペーン企画、僕らはふせん貼りなど。誰にでも得意な仕事があり、それをしているとき一番充実感を覚える。
金曜日になればスプリントチームを解散し、各自がスーパーパワーを活かせる持ち場に戻りたいと思うのも当然だ。

時がたち、メンバーが日常業務に追われるうちに、チームの勢いは衰えていく。信頼性の問題もある。チームはテストを見ていないから、インタビュアーのやり方と報告を信頼するしかない。これは自分で映画を見るのと、誰かに内容を聞くのとくらい違う。
さいわい、こうした問題を一気に解決する方法がある。インタビューを全員で一緒に観察するのだ。

インタビューが始まる前に、スプリントルームの大きなホワイトボードにマス目を書いておこう。顧客の数の列×プロトタイプのセクションやスプリントクエスチョン行のマスにする。
部屋にいる全員に「ふせん」と「ホワイトボードマーカー」を配る。それからインタビューのメモのとり方を説明する。「何かおもしろいことを見聞きしたら、ふせんに書いて欲しい。顧客の発言でも、気づいたことでも、自分の解釈でもいい」
黒のマーカーしかなければ、いいことは隅っこに「+」、悪いことは「ー」を書き、どちらでもないなら何も書かない。

インタビューは、じっくり耳を傾けくわしいメモをとる時間であって、大げさに反応したり問題を解決したりする時間じゃない。

僕らはもちろん全員でインタビューを観察したが、メモを読んで初めて腑に落ちた。スチュワートの直感は間違っていた。僕らは驚いたが内心ホッとした。「ボットチーム」を構築して正しく動作させるのは、大規模でコストのかかるとりくみになっただろうからだ。僕らは全力をあげてリアルなプロトタイプを作成し、そのアイデアがうまくいかないことを学んだ。おかげで心置きなくほかに目を向けられる。

スラックのチームは、スプリントが画期的成功に終わることを期待したが、結果は複雑なものになった。だが、確実に成果はあった。「手取り足取り」が現状より優れたソリューションだということ、「ボットチーム」はうまくいかないこと、「スラックとメールのちがい」に集中する必要があることがわかったのだ。

各自が5分ほど時間をとって、しゃべらずにメモを読み、気が付いたパターンを書きとめる。このとき、3人以上の顧客に見られるパターンを探すこと。2人がとくに強い反応を示した場合もメモにとる。

テストを終えて結果のパターンを見つけ出したいま、スプリントクエスチョンを振り返るときがきた。クエスチョンは、最も重要なパターンを見きわめ、次のステップを考える指針となる。

数百人、数千人、ときには数百万人からデータを得ようとして、公開を急ぐ企業が多い。たしかにビッグデータはすばらしい。でも急ぐあまり、方針を修正する時間があるうちにスモールデータを収集する機会をないがしろにしてしまう。ミディアムの物語からわかるように、顧客の声を聞きながら大規模データから学習するという、「いいとこ取り」は可能なのだ。

スプリントを繰り返し、ビジョンを持ち続けていれば、いつか必ずギャップを埋められる日がくる。金曜日のテストで顧客があなたのアイデアを完璧に理解し、それが生活向上に役立つと確信し、どこで買えますかとインタビュアーに尋ねる瞬間が、必ずやってくる。

長ったらしい会議で時間を無駄にして、ボウリング大会で親睦を深める代わりに、現実の人々にとって意味のあるものをつくるために力を合わせるのだ。
これこそ最高に有意義な時間の使い方だ。
これこそスプリントだ。

おわりに 「仕事のやり方」が根本的に変わる

ライト兄弟は航空機の開発にスプリントを利用したわけじゃない。でも同じようなツールキットを使った。それを何度も何度も、何度も活用した。問題を洗い出し、プロトタイプをつくり、テストを行うことが、2人の日常になった。
スプリントによって、職場にこの習慣を根付かせることができる。
スプリントを初めて経験したチームは、仕事のやり方が変化したのを実感する。単なる話し合いを検証可能な仮説に変える方法や、重大なクエスチョンに「いつか」ではなく今週中に答えを出す方法が身につく。チームを信頼し、お互いの専門知識を活用して野心的な目標に近づいていける。

・焦っていきなりソリューションを考えようとせず、じっくり問題を洗い出し、ターゲットを定めよう。急がば回れだ。
・アイデアを大声で出し合うより、各自でソリューションをくわしくスケッチしよう。集団ブレーンストーミングは効果がないが、もっといい方法がある。
・抽象的な議論や長ったらしい会議はやめ、投票と決定者を活用して、チームにとって重要な決定をてきぱき下そう。そうすれば集団思考に毒されずに群衆の知恵を活用できる。
・ソリューションをテストする前にすべての詳細をつめようとせず、「ファサード」をつくろう。「プロトタイプ思考」を取り入れて、すばやく学習しよう。
・莫大なコストを時間をかけてアイデアを開発し「正しい軌道に乗っているだろうか」とやきもきする代わりに、ターゲット顧客と一緒にプロトタイプをテストし、正直な反応を観察しよう。